ふたりがジムに行ったのは、その日が最後だった。クウェンティンが病気でないことは、グレッグも知っている。彼の恋人がトイレの個室に駆けこんだのは吐き気のせいではないことに気づいていた。涙の跡が見えていた。彼はクウェンティンのことを充分知っている。目に浮かぶ恐怖の色に気づかぬはずはなかった。それよりも、グレッグ自身、同じ感覚を味わっていたから。
だが、これは一体、何を意味するのだろう? 疑問が心の奥で燃え盛った。もし、気の狂ったベル博士が作ったモノのせいで、自分からまさに男性性の部分だけ奪われるのだとしたら、その後の自分はどうなるのだろうか? クウェンティンはどうなるのだろうか? そして、最も重要なこととして、ふたりの関係に対してどんな意味を持つことになるのだろうか? ふたりとも、そんな苦悩と変化の時間に耐えきれるだろうか?
そうあってほしいとグレッグは思った。いや、嘘だ。期待はしていない。自覚している。これまでふたりはずっと一緒だった。ゲイだということで、家族から疎外されて、知らない人たちにからかわれ、友だちだと思っていた人々から変な目で見られても、ふたり、耐え続けてきたのだ。そして、堂々とカミングアウトしたのだ。今度のことも、これまで歩んできた道に、また別の障害物が現れただけだ。そして、障害物は何であれ、ふたりで乗り越えて行くのだ。
そう思いながら、グレッグは強くなろうと決心した。その役割を担ってきたのは、ずっとクウェンティンの方だった。彼は精神的に非常にタフだった。いかなることにも負けることがない。彼は、自らは恥ずかしがって言わないが、人生における自分の立ち位置をいつも心得ていた。この人生が彼にもたらすものを、しっかりと受けとめ、獲得し、思った道を進む。それがクウェンティンだ。グレッグは、自分なら、クウェンティンが経験したことに耐えきれないだろうと思った。だが、今は違う。自分も強くなるんだ。今度は俺の番だ。
グレッグは思った。クウェンティンは人生で初めて、自分の立ち位置がどこか、自分が何者になろうとしているのか、分からなくなっていると。それに恐怖を感じている。それがグレッグには見えていた。
クウェンティンのそばに行き、大丈夫だよと言いたい気持ちがいっぱいだった。だが、できない。多分、嘘をついて、すべてがうまくいくとクウェンティンに話すことができなかったから。本当にうまくいくか分からなかったから。もっと言えば、これからの何ヶ月は、ふたりにとって、極度に過酷な時間になるだろうと思っていた。
なので、グレッグは自分自身が抱く恐怖を隠すことにした。彼の能力では、そうすることが、クウェンティンを慰める限界だった。グレッグは恐怖心を奥深くに埋め、決して陽が当らないところにしまいこんだ。クウェンティンの心にはもっと注意を払うことにしよう。そして、ジムのような、彼を当惑させる状況におちいることがないよう、巧く導いてあげることにしよう。
グレッグは自分の筋肉も減っていることに、すでに気づいていた。ふたりとも肉体が縮小していることに気づいていた。彼自身、13キロも体重が落ちていたし、クウェンティンも似た量、落ちているだろうと思っていた。だが、クウェンティンの場合、一気にすべてに気づかされたのだろう。その様子だった。これは、彼には痛撃だったろう。そして、その日のジムで、クウェンティンの中の何かが壊れてしまったのだ。それは決して直らない。
その夜、グレッグはひとりベッドの中、恋人の心の痛みを悲しんで、さめざめと泣きつづけた。
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