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恋人の目には (8) 


「でも、着るものが何もないよ!」とクウェンティンは文句を言った。「持ってる服は全部、3倍から4倍、大きすぎるし、30センチは長いんだ」

「じゃあ、買い物に行こう」 とグレッグ。

「でも、何を? 子供服のブラウスか?」 クウェンティンは皮肉っぽい声を上げた。

「そんなダブダブの服じゃないヤツな」

「はいはい、ありがとう! でも、真面目に言って、何を着たらいいんだろう?」

「多分、婦人服しか合うものがないんじゃないかな」とクウェンティンが言った。

実際、クウェンティンも、質問する前に、その答えを知っていた。自分の体形を知っていれば、答えは壁に書かれているようなものだ。

クウェンティンは、許容できる恥ずかしさについてのレベルは結構、高い。だが、婦人服売り場で服を買うというのは彼にとってすら、限界を超えている。そのことをグレッグに伝えると、グレッグはそっけない返事をした。

「この問題を抱えてるのは君だけじゃないのは知ってるだろ? 世界中のすべての白人男が似た問題に直面してるんだ。君がそこで買い物しても目立つわけじゃないと思うけどなあ。でも、そんなに気になるなら、オンライン・ショッピングをしたらいいんじゃないかな。そうして、自分で選ぶ。オンラインなら、まさにこの問題を扱ってるところがあると思うよ」

クウェンティンはグレッグの言うことが正しいと知っていた。こんなにありふれたことになっていることについて、恥ずかしがるのは理性的じゃない。だけど、それでも、自分では、できそうもない。そこで彼は、グレッグのアドバイスに従って、パソコンの前に座った。検索エンジンを出し、「白人男性と衣類」というキーワードを打ち込んだ。

最初に出てきたのは、女性化した白人男性の画像で、あからさまに女性的な衣類を着てるものだった。ピチピチのジーンズやカプリ・パンツ(参考)やランジェリからスカートやドレスに至るまでの数々の衣類を着ている。クウェンティンは、これは何か奇抜ファッションだろうと思い、それらをスキップした。

そうしていくと、彼は「ニューヨーク・タイムズ」に掲載された記事に出会った。それにはこう書かれてあった。

* * * * *

「調整するということ:すべてのボイたちが知っておくべきことのいくつか」 イボンヌ・ハリス著

数ヶ月前、オマール・ベル博士が大気に生物化学物質を放出し、それはこの何ヶ月かに渡って、私たちの白人男性に対する従来の考え方を効果的に根絶することになりました。男性的ないかにもアメリカ男といった存在は消滅し、その代わりに、小柄な(通常、身長165センチに満たない)男の子と女性の中間に位置する存在が出現したのです。ですが、そのことを改めて言う必要はないでしょう。あなたがこの記事を読んでるとしたら、自分がどう変わってしまったかを一番よく知っているのはあなた自身であるから。この記事の目的は、情報提供にあります。(以降、この記事ではボイと呼ぶ)白人男性たちが、依然として男性のように振舞おうとあくせくしている様子がいまだに続いています。それは間違いなのです。あなたたちはもはや男性ではありません。ボイなのです。それを踏まえて、この記事では、いくつかの主要な問題点に取り組むことにします。それは挙措、セックス(イヤラシイ!)、そして服装という3つの問題です。それでは、前置きはこのくらいにして、早速、本論に入りましょう。

すでに述べたように、最初の問題は挙措についてです。どういう意味だろうかと思うかもしれません。まあ、「挙措」とは態度、振舞いのことを言う気取った用語ですが、それ以上のことも意味します。挙措には、普段の姿勢から歩き方に至るあらゆることが含まれます。ボイたちが、これまでと違ったふうに振る舞うことを学ばなければいけないというのは、奇妙に思われるかもしれませんが、でも、率直に言って、あなた方が男性のように振舞おうとするのは、マヌケにしか見えないのです。10代の若い娘が、その父親のように振舞おうとする姿を想像してみるとよいでしょう。まさにそれと同じです。ボイが男性のように大股で歩くのを見ると、まさにそれと同じくらい奇妙に見えるものなのです。

ボイは、男性とは異なるがゆえに、男性とは異なるふうに振る舞うべきなのです。この点はいくら強調しても足りません。というわけで、外出しようとするあなたたちボイに、いくつか指針を提供しましょう。まず第1に、背中を少し反らし続けること。その姿勢を取ると、あなたのお尻を完璧に愛しいものに見せることになります。第2に、腰を少し揺らすようにすること。男性はそれが好きです(これについては後で詳しく述べます)。第3に、怖がらず、エアロビクスを行うこと。皆さんは身体の線を保つ必要があります。太ったボイは孤独なボイになってしまいます。個人的にはストリッパーのエアロビを勧めますが、他のどんなエアロビでもよいでしょう。ですが、私が提供する指針で一番重要なものは、次のことです。女性をよく観察し、彼女たちをまねること。皆さんは、女性にはるかに近い存在となっているのです(しかも、性的な目標もきわめて類似している。これについても、やはり、後で詳しく述べます)。そして、女性たちは皆さんよりはるかに以前から、これを実行してきている。なので、ボイたち、私たちを観察し、学習するのです!

触れなければならないふたつ目の問題は、服装に関する問題です。(あなたが、元々、発育がよくなかった男子だった場合は別ですが)みなさんの大半は、おそらく、持っている服のすべてが、もはや自分に合わないことに気づいていることでしょう。ですから、皆さんは、すべて新しい服を買い直す必要があります。たいていのデパートでは、直接ボイを対象にして、新しいセクションを開いています。なので、そこから始めるのが良いでしょう。ですが、予算に限りがあるならば、勇気を持って、あなたのサイズに近いガールフレンド、妻、あるいは姉妹から服を借りるとよいでしょう。

ただし、いくつか注意すべき点があります。まずは下着から話しましょう。ボイはパンティを履くこと。そうです。ブリーフやトランクスではありません。パンティです。みなさんの体形は、パンティを履くようになっているのです。パンティを履くことを好きになるように。私も、新しいセクシーなパンティを履くのが大好きです。それを履くと、自分に自信がみなぎるのを感じるものなのです。ボイの中には自分の女性性を完璧に受け入れ、ブラジャーをつけ始めた人もいます。そのようなボイたちの適応力に、私は拍手をします。ですが、私の個人的な意見を言わせていただければ、ボイはブラをつけるべきではありません。どの道、ボイには乳房がないのですから(今の時点では、なのかもしれませんが。気の狂ったベル博士が何をしたか、知ってる人は誰もいませんし)。皆さんは、女の子でもありません。ボイなのです。ボイには乳房はありません。ゆえにブラの必要はないのです。

アウターに関して言うと、基本的に女の子が着る服なら何でも適切と言えるでしょう。スカートからジーンズ、ブラウスからドレスに至るまで何でもよいでしょう。着てみて似合うと思ったら、着るべきです。注意すべきは一つだけ。(たとえサイズがかろうじて合うような物であっても)紳士服を着たら変に見えるということを忘れないこと。皆さんは、決して男性のようにはなれないのです。ですから、婦人服や、ボイ、あるいは子供服のセクションにある服に限定すべきなのです。

最後に、セックスについて少しだけ触れたいと思います。もし、この話題に関して嫌な感じがしたら、即刻、読むのを止めてください。

よろしいですか? まだ、読み続けていますね? よろしい。

ボイの皆さんは、性器に関してサイズが減少したことに気づいているかもしれません。この変化に気恥ずかしさを感じた人も多いことでしょう。でも、そんな恥ずかしがることはないのです! ボイが小さなペニスをしていることは完全に自然なことなのです。最近の研究によると、白人男性の平均のペニスサイズは4センチ程度になっており、しかも、それより小さいことも珍しくはありません(実際、私の夫は、2センチ半にも達しません。これ以上ないほどキュートです)。ボイの皆さん、心配しないように。そんなペニスのサイズなんて、もはや、それほど重要なことではなくなっているのです。そのわけをお話ししましょう。

皆さんは、以前に比べて、アヌスがかなり感じやすくなっていることに気づいているかもしれません。皆さんの身体はそういうふうにできているのです。その部分を、新しい性器だと考えるようにしましょう。女性にはバギナがあります。男性にはペニスがあります。そして、ボイにはアヌスがあるのです。恐れずに、その新しい性器を試してみるとよいでしょう。その気があったら、そこの性能を外の世界で試してみるのもよいでしょう。ガールフレンドから(あるいは、気兼ねなく言えるなら、姉や妹から)バイブを借りるのです。そして、街に出かけるのです。すぐに、そこが「まさに天国みたい」に感じることでしょう(これは私の夫の言葉です)。

さて、皆さんの人生にとって最も大きな変化となることが、次に控えています。多分すでに予想してることでしょう。そうです。ボイは男性と一緒になるべきなのです。これは簡単な科学です。ボイは女性とほぼ同一のフェロモンを分泌します。それに、男性のフェロモンに晒されると、ボイは女性とほぼ同一の反応を示すことも研究で明らかになっています。

これが何を意味するか? ボイの皆さん、気を悪くしないでください。ですが、皆さんは男性に惹かれるようになっているのです。もっとも、男性の方も皆さんに惹かれるようになっているのです。そのような身体の要求に抵抗したければ、してもよいでしょう。ですが、これは自然なことなのです。この事実と、皆さんが感じることができる新しい性器を持っている事実を組み合わせてみれば、なぜ、ベル博士があの物質を放出して以来、男性とボイのカップルが400%も増えたのか、その理由が分かるでしょう。

ボイにとって、ヘテロセクシュアルであるということは、男性を好むということを意味するのです。そのことを拒むボイも多数います。そのようなボイは、基本的にホモセクシュアル(つまりレズビアン)であることを意味します。あるいは、少なくとも様々な実生活上の理由から、レズビアンになっているということを意味します。多くの女性が、変化の前は、男性と結婚していた(または男性のガールフレンドになっていた)わけですから、変化後もその関係を続けるとなれば、ボイはレズビアンになることになるわけです。

一応、その事実を念頭に置いてですが、そういうボイの皆さんには近所の「アダルト・ストア」に行き、何か…突き刺すもの…を探すことをお勧めします。あなたもあなたのパートナーも共に同じ種類の欲求を持つので、おふたりが共に満足できるようなものを手元に置いておくことがベストでしょう。

これを読んでる皆さんの中には、まだ拒絶状態でいる人も多いと思います。厳しいことを告げる時が来たかもしれません。どうか、鏡を見てください。何が見えますか? その姿は男性ですか? 決してそうではないでしょう。その姿は女性ですか? いいえ、違う。鏡の中からボイがあなたを見ているはずです。ボイはボイらしく行動する時が来たのです。

カウンセリングが必要な人もいるでしょう。それは良いことです。政府は、そのような要求に備えて、国中にカウンセリング・センターを設置しました。そこに行くこと。そして新しい自分を受け入れる方法を学ぶことです。この記事が役に立てばと期待しています。それでは今日はここまで。ありがとう。次週は、パンティを履くことが、あなたに人間としてどのようなことを教えるかについてお話します。


* * * * *

クウェンティンは、この記事を読んで、その情報で頭がいっぱいになるのを感じた。彼もグレッグも、ほぼ6年間、仕事で有給休暇を取っていなかったので、ふたりともかなりの休暇権利を溜めこんでいた。先月は、それを利用して、変化に対応するため仕事を休んでいた。ふたりとも、大半の時間はアパートに引きこもって一緒に過ごし、古い映画を見たりしていた(加えて、気持ちの点でも効果の点でも、結局はレズビアン・セックスと同じと言えるようなことも、たくさん)。ふたりが外の世界に出て行くのは、近所のスーパーマーケットに行くことくらい。

そのため、世界の変化をほとんど知らなかったと言える。

世界は、たった一ヶ月で、こんなに変わりえるものなのだろうか? クウェンティンはほとんど信じられなかった。もう一度、記事を読みなおして、これが巧妙なフェイク記事ではないことを確かめた。やっぱり、そんなデマ記事じゃない。「ニューヨーク・タイムズ」に実際に出た記事だし、このコラムニストは毎週記事を書いている人だ。

でも、これは何を意味するのだろう? 新しい服を買わなければならないのは分かった。今の服は全部、身体に会わない。でも、ドレスやスカートや女性用ランジェリを買うことになる?

彼はパソコンの前に延々と座ったまま考え続けた。そして、ようやく、ある結論に達した。この記事は別として、世の中がどうなってるか自分自身の目で確かめてみる必要があると。それをするのに、モール以外に適切な場所などあるだろうか?

彼はジーンズを出し、ベルトをきつく締めた。それにTシャツを着た。今はダブダブのバギーなTシャツにしか見えないが。そして、グレッグに、行ってきますのキスをした後、モールへと出かけた。

*

車から降りたのとほぼ同時に、クウェンティンは、あの記事は正しかったと分かった。いたるところに婦人服を着ていると思われるボイがいた。そして、そのかなり多数が、黒人男性と腕を組んでいた。

生物エージェントが大気に放出されてから、たった6ヶ月しか経っていない。なのに、すでに、白人男性は、まさにベル博士が想像した姿に変わっている。女性的なナヨナヨした男たち。白人男性の時代は終焉していた。その代わりに、白人ボイの時代が勃興していた。

頭がくらくらするのを感じながら、クウェンティンはモールの中を歩き進んだ。女性、ボイ、そして男性の3種類の人々。みな、普通に振る舞っている。ボイがスカートやドレスや、その他の婦人服を着ていても、誰もじろじろ見たりしない。振り返られることすらないのが大半だ。その逆に、クウェンティンの方を、不快そうな嫌な目で見る人がいた。そんな目で見る人にとっては、クウェンティンは、昔のジェンダーにふさわしい(しかも、大きすぎる)服しか着られない、世捨て人となっていた。

彼は店に入り、特別に「ボイ服」とのサインがある売り場があるのを見た。そして、素早く、そこへ向かい、様々な衣類を調べ始めた。それを始めてから、2分もしないうちに、セールス・ボイが近づいてきて、クウェンティンに声をかけた。

「先延ばししてきたんでしょ?」

「えぇ?」

「新しい服を買うのを。それを延期してきたんですよね? 私も最初はそうだったから」とセールス・ボイが答えた。

クウェンティンは溜息をつき、返事した。「ああ、たぶん。実を言うと、このひと月、ずっと家に閉じこもっていたんだ。そして、世の中がどれだけ変わったか、知らなかったんだ」

「ちょっとシュールな感じ?」とセールス・ボイ。

「ああ、まあ少なくとも、不思議な感じと言えるかも。こんな短期間に、こんなにすべてが大きく変わってしまったなんて」

「まあちょっとね」とボイは言った。「でも、実際は、そんなに驚くべきことでもないのよ。私は心理学を専攻している大学院生なのだけど、ちょっと考えてみれば、理解できると思うわ。私たちは男性に惹かれる。男性は女性が好き。そして、これが……」とボイは、自分が着てるスカートとブラウスを指差し、「これが、女性が着るもの。ゆえに、私たちは、こういう服を着たくなる。加えて、私たちが欲求を追及しても、嫌な顔で見られないという事実もあるわ。そうすると、物事が急速に変化したのを理解するのは難しくないんじゃない?」

クウェンティンは、このボイの論理に頷いた。ボイはさらに続けた。

「それより何より、婦人服や、そのボイ・バージョンの服は、女性的な魅力を見せるように作られているの。だから、そういう服の方が紳士服より、ずっと私たちに似合うのよ。そうなるのは、まさに……自然なこと」

「自然なこと」とクウェンティンは考えた。ボイ用服の売り場を見まわしながら、確かにそのように思った。見回してみると、かつては間違いなく逞しい男性的な男であった人が、フリルのついた下着やスカートやドレス、そして他の女性的衣類を買い求めている。その人たちは、まったく、居心地悪そうにしているとは見えない。自然なこととセールス・ボイは言った。それに同意しないというのは困難なことだろう。

*

グレッグは古い映画を見ていた。正確には、『暴力脱獄』(参考)。その時クウェンティンが両腕を買い物袋でいっぱいにして、ドアを押しながら入ってきた。

「ちょっとヘルプ!」

そう呼ぶと、グレッグがすぐに駆け寄り、クウェンティンを助けた。

「どうやら、何か着るものを見つけてきたようだね」 とグレッグがちょっと意味ありげな笑みを浮かべた。

「君の分もあるよ。サイズは想像してかったから、いくつか後で返品しなくちゃいけないのもあるかも」

「ああ」 との言葉だけがグレッグの反応だった。

「そんなふうに取るなよ。僕同様、君も服が必要だろ」とクウェンティンは荷物を床に置いて、玄関を締めた。

「僕が話した、例の記事、読んだ?」

「ああ」 とグレッグは言った。確かに驚くべき話だったが、グレッグはクウェンティンほど世間から離れていたわけではなく、あの記事がいうことの具体例は見ていた。

「信じないかもしれないけど、あの記事が言っていたことは全部、本当だよ。衣類から、ボイと男とか、何もかも」 とクウェンティンは興奮して言った。

「知ってる。この2週間ほどいろいろ目にしてきたから……」

「ええ? 知っていたの?」 とクウェンティンは訊いた。だがグレッグが答える前に彼は続けた。「まあ、それはいいや。それより、新しい服を試着してほしいんだ。サイズを間違えたかもしれないから」

グレッグは、困ったような溜息を漏らした。

「大丈夫だよ。あまり女っぽいのは買わなかったから。スカートとかレースとかは買ってない」

「それはそれは」 とグレッグは皮肉っぽく言った。

「こっちのふたつの袋は君の物」とクウェンティンは言い、右端の袋を指差した。「それから、これは言っておくけど、君も、こういう服に慣れておく方がいいよ。君も知ってるように、どうやら、この流れは変わりそうにないから」

グレッグは、怒りがじわじわと湧いてくるのを感じた。


[2015/09/11] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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