ジョーンズは、ほぼ瞬時に、この男の方は上級分析官であり、女性は何が専門かは知らぬが何かの専門家だろうと推定した。
「ジョーンズ君」 とオーウェンズ氏は話し始めた。年齢のせいか声がしわがれていた。「こちらはキム・ウィルソン。そしてこちらはパトリック・ダンズビイだ」
ジョーンズは挨拶がわりに頷いた。
「ふたりは、君の次のミッションにとって貴重になる情報を持っている。そのため、ここに来てもらった」
「スクリーンに映っていた男は誰で、何をしたんですか?」 とジョーンズは訊いた。
「さすがに見逃さないね、君は」 とオーウェンズ氏はくすくす笑った。そしてオフィスの窓からスクリーンのひとつを指差した。「あの男はオマール・ベル博士だ。彼は、ある生物化学物質を世界中の大気に放出したのだよ。それは……まあ、それに関しては、ここにいるダンズビイ氏が専門だから、彼に説明してもらおう」
ダンズビイ氏は咳払いをし、話し始めた。
「ベル博士は生化学分野でノーベル賞を受賞した科学者ですが、遺伝子学でも学位を取っています。彼は天才的科学者ではありますが、究極的には厄介な男と言えましょう。極端な黒人至上主義者なのです。彼は、歴史を通してアフリカ系アメリカ人が被ってきた苦難のおかげで、黒人は優位な人種になってきたと信じています。まあ、それはそれで構わないのですが、それ以上に彼は、白人は、黒人を抑圧してきたことに対して罰を受けるべきであると考えているのです。そういうわけで、アフリカ系アメリカ人の苦難に責任があると彼が感じている人々に向けて攻撃を仕掛けたのです」
オーウェンズ氏はジョーンズに書類を渡した。「これは、彼が、主要な報道局に送った手紙だ。報道各社は、これを狂人によるほら話だと無視しているが、だが……」
ウィルソン女史が加わった。「ですが、確かに大気に何かがあるのです。まだ、私どもはそれが何かは特定できていませんが、あるのは確かです」
「その化学物質は何をするのですか?」
「まあ、その手紙を読んでくれたまえ」とオーウェンズは答えた。
その手紙にはこう書かれてあった。
親愛なる世界の皆さん:
あまりにも長い間、我々アフリカ系アメリカ人は忍耐をし続け、世界が我々を差別することを許し続けてきた。我々はずっと忍耐を続けてきた。だが、とうとう、もはや我慢できなくなった。そこで私は我々を差別してきた皆さんを降格させることを行うことにした。初めは、皆さんは私の言うことを信じないことだろう。それは確かだ。だが、時間が経つにつれ、これが作り話ではないことを理解するはずだ。
私は、私たち人類の間の階層関係に小さな変更を加えることにした。今週初め、私は大気にある生物的作用物質を放出した。検査の結果、この作用物質はすでに世界中の大気に広がっていることが分かっている。
パニックにならないように。私は誰も殺すつもりはない。もっとも、中には殺された方がましだと思う者もいるだろうが。
この作用物質はあるひとつのことだけを行うように設計されている。それは、黒人人種が優位であることを再認識させるということだ。この化学物質は白人男性にしか影響を与えない。
それにしても、この物質はそういう抑圧者どもにどんなことをするのかとお思いだろう。この物質はいくつかのことをもたらす。その変化が起きる時間は、人によって変わるが、恒久的な変化であり、元に戻ることはできない。また純粋に身体的な変化に留まる。
1.白人男性は身体が縮小する。白人女性の身長・体重とほぼ同じ程度になるだろう。この点に関しては個々人にどのような変化が起きるかを予測する方法はほとんどないが、私が発見したところによれば、一般的な傾向として、女性として生れていたらそうなったであろう身体のサイズの範囲に収まることになるだろう(その範囲内でも、小さい方に属することになる可能性が高いが)。
2.白人男性はもともとペニスも睾丸も小さいが、身体の縮小に応じて、それらもより小さくなるだろう。
3.白人男性のアヌスはより柔軟になり、また敏感にもなる。事実上、新しい性器に変わるだろ。
4.声質はより高くなるだろう。
5.腰が膨らみ、一般に、女性の腰と同じ形に変わっていく。
6.乳首がふくらみを持ち、敏感にもなる。
7.最後に、筋肉組織が大きく減少し、皮膚と基本的な顔の形が柔らかみを帯びるようになるだろう。
基本的に、白人男性は、いわゆる男性と女性の間に位置する存在に変わる(どちらかと言えば、かなり女性に近づいた存在ではあるが)。すでに言ったように、こういう変化は恒久的で、元に戻ることはできない。(現在も未来も含め)すべての白人男性は、以上のような性質を示すことになる。
これもすでに述べたことだが、大半の人は、私が言ったことを信じないだろう。少なくとも、実際に変化が始まるまではそうだろう。もっとも変化はかなり近い時期に始まるはずだ。ともあれ、1年後か2年後には、世界はすでに変わっていることだろうし、私に言わせれば、良い方向に変わっているはずである。
親愛を込めて、
オマール・ベル博士
ジョーンズは書類から顔をあげ、質問した。「これは可能なのですか?」
「そんなはずはないのですが」とウィルソン女史が答えた。「でも、大気に何かを放出した件に関して、彼は嘘をついていません。パニックを引き起こそうとしているだけという可能性がありますが、でも……」
「嘘をついていないとすると、大衆レベルでカオス状態になりえる」 とオーウェンズが引き継いで言った。
「それで私の役目は?」 とすでに答えを知りつつも、ジョーンズは尋ねた。
「真実をみつけること。この男の居場所を突き止め、法の正義の元に晒すこと」 とオーウェンズは答えた。「君には当局から全面的な支援を与えよう。そして……」
ジョーンズが遮った。「別に悪気があって言うわけではありませんが、皆さんがかかわると、邪魔になるだけなんですよ。まずは、ここである程度、調査をさせてください。その後は、私個人で調査を行います。ベル博士に関して持ってる情報のすべてに関してアクセスできるようにしてください。でも、まずは、主に経理関係の記録を調べたい」
そして、早速、作業に取り掛かった。デビッドの調査は、単調な作業で、延々、4時間にもわたったが、ようやく有望と思われる情報に出会った。ベル博士は、ある生物化学者に巨額のカネを払っている。その化学者は、最終的には癌の治療に役立つ薬品を開発した人物だった。その名前はジョージ・ヤング。彼は6年ほど前に、世界から姿を消していた。何の記録も残っていない。これは興味深かった。
さらに調査を進めると、ベル博士の会社が、ふたりの男性から多額の資金を献金されていることが分かった。ひとりはジャマル・ピアスという名のチンケな犯罪者と思われる人物であり、もう一人はビジネスマンで、マイケル・アダムズという名だった(この人物に関しては、それ以外の詳細な記録は見つけられなかった)。
デビッドは調査の計画を立てた。この二つの手がかり。ふたつとも行き止まりになる可能性はある。だが、少なくともチェックしておく必要があった。
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