そんなわけで、その2日後、デビッドはアメリカ中部へと飛び、ある典型的な郊外の家の前に来ていた。ドアをノックすると、中から、小柄な老女が姿を現した。
「何のご用ですか?」
デビッドはFBIの文字が出ているバッジを見せた(もちろん、これは偽物である)。
「奥様、ご迷惑をおかけして大変申し訳ないのですが、ジョージ・ヤングという人物を探しているのです。分かっている彼の最後の住所がここだったもので」
「ジョージは何をしたの? またトラブルに会ったの?」
「いいえ、奥様。そういうことではありません。ただ、ジョージさんの元ビジネス相手に関して、ちょっと質問したいことがありまして……。中に入ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」 老女はそう言ってジョーンズを中に入れた。
「お掛けください」
ジョーンズは醜いカウチに腰を降ろした。
「ジョージは、ずっと、ちょっと変わった子でした」
「奥様のお子さんなのですね?」
「ええ、でも、5年以上も自分の母親に顔を見せない息子なんて、どこにいるのでしょうね……前は、毎週のように日曜日には来てくれていたのに。……でも、ある日、突然、玄関から飛び出していったんですよ。あることをしたって、誰かに追われているって、ぶつぶつ言い続けていました。あの子、何と言うか、何か偏執狂になってるのかと思いましたよ、分かるでしょう?」
「彼は今はここに住んでいないのですね?」
老女は頭を縦に振った。「そうねえ…ジョージが大学を卒業する前あたりからずっと…。お金を儲けてからは、何回も引っ越ししました。そして、突然、さっき言ったようなことがあって、その後は消えてしまったのよ」
「写真はありますか?」
老女はクローゼットのドアノブに吊るしているハンドバッグを漁り、中から写真を出し、デビッドに手渡した。写真の男は、背が高いが、ガリガリと言っていいほど痩せた男だった。白いにきびだらけの顔は醜く、赤い髪はぼさぼさだった。
「このお写真、お借りしてもよろしいでしょうか?」 とジョーンズは尋ね、老女は頷いた。
「他に何か、ジョージさんについて調査の助けになりそうなこと、ご存じありませんか?」
「うーん、そうねえ……。ああ、ひとつありました。ひとつと言うか、ひとり。レオです。レオ・ロバートソン」と老女は溜息をついた。
「レオっていう子はねえ、ずっとジョージのことをひどくイジメていたんです。ジョージは、レオのせいで、高校の時も、大学に入ってからも、人から好かれなかったって、すごく恨んでいました。いくつか記憶に残る出来事も。確か、ジョージがいなくなる1年くらい前のことだったかしらねえ。ジョージが電話してるところを聞いたことがあったわ。レオの進捗がどうのこうのって…。ものすごく悪意がこもってる言い方だったので、覚えています。あんなふうにしゃべるジョージを聞いたことがなかったから」
「レオ・ロバートソン……ですね?」
老女は頷いた。
デビッドは立ち上がり、「ありがとうございました」と礼を述べた。
ジョージの生家を出て、車に戻ったジョーンズは電話を取った。
「ああ、ある名前について調べてほしい。レオ・ロバートソンだ。……ああ、ありがとう。それから、写真のスキャンを送る。それもデータベースでチェックしてくれ。……ああ。それでいい。すぐにこっちに送ってくれ」
*
『バニー』と言う名のストリップ・クラブ、その前に停めた自分の車にデビッドは寄りかかっていた。レオ・ロバートソンは、現在、レア・ロバートソンと名乗り、ここで働いているとファイルにはあった。デビッドは店内に入った。
クラブの中は暗く、(多少、くたびれていはいるものの)可愛い女の子がステージの上、トップレスで踊っていた。デビッドはカウンターに向かった。
「何を出します?」 とバーテンが尋ねた。
デビッドはバッジを見せた。
「ここのオーナーに話しがあるんだが」
バーテンは頷き、カウンターの後ろのオフィスに引っ込んだ。2分ほどした後、彼が現れ、その後ろにオールバックの髪の太った毛深い男がついてきた。
「何か御用で?」 と太った男が訊いた。
「レア・ロバートソン。その人に話しがある」
「ダン、レアを連れてこい」 と太った男が言った。「でも、どういうことですかい? 彼女がトラブルでも?」
「いや。彼女がちょっと前に知っていた人を探そうとしてるだけだ」とデビッドは答えた。
デビッドは人の心を読むのが得意だと自負している。この才能は生まれつきだ。ある人物について、ほんのかすかな特徴を捉え、そこから、その人物が誰で、何をしているかを割り出すことができる。だが、レアを見たとき、彼女が元は男だったと認識できる特徴は、まったくなかった。
彼女は、ゆったりと、大きな腰を揺らしながら歩いてきた。その身のこなしは、セクシーに見せようとして、これ見よがしにして見せる動きではなかった。そんなのではない。実に繊細な動きだ。天性の動きとも言える。下は小さなGストリングのビキニ、上も身体を想像しようとしても、丸わかりで想像の余地がないほどわずかなものしか着ていない。確かに、ジョーンズは彼女の乳房が偽物なのは認識した……とは言え、現役ストリッパーのうち、いったい何人が生まれつきの乳房をしてるというのだ。
レアはデビッドのところに近寄り、言葉を発した。「私に会いたいって、あんた?」 声までも、完全に女の声だった。
「ああ」と彼はバッジを見せた。「どこかふたりで話せる場所はないか?」
太った男が口を挟んだ。「俺のオフィスを使ってもいいぜ」
「ありがとう」
デビッドとレアはオフィスへと案内された(もちろん、薄汚いのはいうまでもない)。中に入るとレアは椅子に座り、デビッドは立ったままでいた。
ドアが閉まるとすぐに、デビッドが言った。「君のことは知ってる。レオ・ロバートソンだね?」
レアは黙ったままでいた。「何が欲しいのよ? お願いだから、誰にも言わないで。私、首になってしまうし……」
「ジョージ・ヤングについて何か知ってるか?」
「ジョージ? ジョージには5年以上、会っていないわよ」
そう言ったきり、レアは黙りこくった。そしてしばらく経つと、目から涙をこぼした。涙の粒がつるつるの頬を伝い落ちた。
「彼が私をこんなふうにしたのよ」
「何?」
レアは立ち上がって、自分の身体を示した。「これよ」
「手術か?」
「いいえ。おっぱいは違うけど。おっぱいの方は仕事のためにしたの」
「何を言ってるか分からない」とジョーンズは言った。
「私も分からないわ。でも、ある日、5年ちょっと前あたりね。私、身体が変わり始めたの。最初は気づかなかったわ。どうしてか分からないけど。多分、今なら簡単に分かるけど、最初は、何もかも、現実離れしすぎてて。昔は、私もごく普通の男だったのよ。ノーマルでストレートのオトコ。だけど、何ヶ月かするうちに、どんどん身体が小さくなってきて、身体の形も変わったの。ちんぽまで小さくなったわ。そして、そのうち、男とセックスしたくなってきたの。それから、今、あんたが見ている私、つまりセクシーなストリッパーね、それに変わるまではあっという間。いまだに、どうしてこんなことになったのか分からないわ。今はたいてい、気にもしていない。身体の具合もいいし。実際、幸せに感じる時もあるわ。でもね、時々、すべてがひどく間違っていると感じる瞬間が襲ってくるの。だって、こんなのおかしいもの。私は、こんなところにいるべき人間じゃないのよ。こんな人間、私じゃない」
「どんなふうに変化が起きたか知らないと言ったね? どうしてジョージのせいだと分かるんだ?」
「彼が私にそう言ったのよ。彼が店に来て、ラップダンス(
参考)をするように私を指名したの。そして、ダンスの後、自分はジョージだと名乗って、私の変化に関して、自分が仕組んだんだと言ったのよ。
「今、ジョージがどこにいるか知ってるか?」
「いいえ」
*