豪華なマンションだった。ビルのワン・フロアを丸々、彼の住居が占めていた。だが、それは驚きに値しない。マイケル・アダムズは裕福な男であり、このようなマンションに住んで当然であったから。デビッドはドアをノックした。2分ほどして、太った黒人がドアに出た。
ジョーンズはバッジを見せた。「こんにちは。私はFBIのデビッド・ジョーンズ捜査官と言います。ちょっと二、三、お訊きしたいことがあってきました。もしよろしければ……」
「何について?」 とアダムズが言った。
「オマール・ベル博士について」
「ああ、どうぞ」
アダムズはそう言って脇によけ、ジョーンズを招いた。部屋に入りながら、アダムズは続けた。「彼が大気に撒き散らしたモノについてですね?」
「ええ。私たちは彼を探しているんです」
「彼がどこにいるか、私には分かりません。大学以来、何度か会っただけ。彼がここまでするとは……。何と言うか、彼はずっと前から、人種のことについてちょっと行きすぎるところがあったんです。いつも怒り狂ってた。どうしてかは私には分かりませんが。でも、こんな大事件を起こすとは思ってもみなかった」
「大学の時に知り合ったと?」
「ええ、あなたは、それが理由でここに来たと思っていましたが……。私たちはほぼ2年間、ルームメイトだったんです。……ん、ちょっと待って。もしそれが理由でないとしたら、どうして私のところに?」
「あなたは3年前、彼の組織に6百万ドルの寄付を行っている……。彼が、それほど多額の寄付に値することとして、どのようなことをしたのか、それが知りたいのです」
「ああ、うーん…私は……」
言いかけたアダムズをジョーンズは遮った。
「まあ、その件について、あなたに思い出していただく必要はないでしょう。質問を変えます。変化が始まったら、これがカオス状態を引き起こすことになると思いますか? その可能性があることをあなたは知っているはずです。それに、以前に、そのようなことが行われたことも知っているはず。それこそ、ベル博士が行ったことじゃないのですか? 彼はあなたのために誰かに変化を起こしたのでは? ベル博士の物質を使って、誰か以前のライバルの身体を変え、露出度の高いランジェリ姿でここに来させたとか?」
しばらく沈黙した後、アダムズが言った。「そういうことじゃない」
「何が、そういうことじゃないと? ということは、ベルは誰かを変えたのは事実なのですね?」
「……軽率な判断でした。当時、私は非常に暗い立場にいた。そして、そんな時、オマールが突然、連絡を入れてきたのです。私たちは一緒にディナーを食べました。そのディナーでは、旧友ふたりが再会し、昔話をするようなものだろうなと思っていた。ですが、さっき言ったように、当時の私はひどい立場にいた。すでに、オマールの話しを聞く前から、私は非常に愚かなことを計画していたのです。私は、自分が抱えていた問題をオマールに話しました。私は、仕事で巨額の損失を出してしまったことについて、不当な責めを受けていたのです。その損失は、トニーのミスによるものだったのですが、トニーが社長のいとこだという理由で、私が責任を取らされたのです。私は会社を解雇された。20年も真面目に勤め、会社に貢献してきたのに、私が行ったことでないことの理由で、私は首になったのです……」
「……ですが、オマールは、それを聞いて、ある提案をしてきたのです。気が狂ってるような話しでしたが、当時は、私もちょっと常軌を逸していたわけで、私は同意してしまった。トニーにはフィリップという息子がいました。トニーの自慢の息子で、彼の喜びでもありました。オマールは、トニーから、彼が最も価値を置いている存在を奪ったらどうかと言ってきたのです……」
「……私はフィリップを誘拐しました」とマイケルは言い、視線を宙に向けた。目が泳いでいる。張りのない声を出していた。「でも、誘拐だけでは終わらなかったのです。オマールは、あの化学物質を開発していた……」
「実際に開発したのはベル博士ではなかったのですよ」 とジョーンズが割り込んだ。「ベルはウェスト・バージニアにいた青年から、あれを買い取ったのです」
「おお、それは知りませんでした。まあ、どちらにせよ……。私たちは彼の息子を変えてしまった。信じがたいことでした。まるで、風変わりなSF映画のような話で。フィリップは体格のいい、スポーツマンタイプの若者でした。ですが、すべてが終わった時までには、彼は本当に小さな身体になっていた。150センチもなかったでしょう。体重も45キロ程度。正確にどういう仕組みであれが可能になったのか、私には分かりません。オマールは説明しましたが、私は詳しいことには注意を払っていませんでした。ただ、オマールはあの息子の体格だけを変えたわけではなかったのです」
ジョーンズが口を挟んだ。「その若者の性的指向も変えたのですね?」
「ええ。そして、あの子はセックス狂になった。ことが終わった時には、彼は完全に男性しか愛さなくなっていました。…………自分が行ったことは言い訳できることではないのは存じております。でも、あの子の方は、変化を喜んでいた。あれは、条件付けか、あの物質中の何かに起因していたのかもしれませんが、1年も経つと、彼は以前の生活に戻りたいといったふうにはまったく見えなくなっていたのです」
「それは他の大半のケースでも同様でした」 とジョーンズが言った。哀れな青年たちは、何をしても自分の状況は変えられないという内的な諦めと、外部からの強化があいまって、そういう状態になったのだろう。おおよそはジョーンズも把握していた。
「そのフィリップという若者は、今どこにいますか?」
「分かりません」 とアダムズは言った。「彼の父であるトニーは、ここから2時間か3時間くらいのところに住んでいます。私たちは、そこにフィリップを帰した。その後、フィリップがどこに行ったかを知ってる人がいるとしたら、やはり、トニーでしょう」
「で、ベル博士は? 彼が隠れていると思われる場所に関して、何か手掛かりは?」
アダムズはちょっと考え込んだ。
「分かると思いますが、今回の事件が起きる2年ほど前の時点だったら、私はあなたに、出て行けと怒鳴ったことでしょう。でも今は……私にもオマールは心を病んでると分かります。多分、ずっと前から、私は彼をそう思っていたのかもしれません。何でもかんでも、彼は白人男性のせいにしていた。でも、私は彼を好きだったし、彼は私の友人だったのです。でも今は……。あいつはやりすぎてしまった」
アダムズは遠い目になった。
「何か書くものを持っていますか? ……ああ、それでいいです。私たちは、フィリップを北アフリカのとある収容施設に連れて行きました。サハラ砂漠のど真ん中です。オマールがいるとしたら、私はそこしか知りません」
そして、アダムズは収容施設の場所とトニーの住所を書き、そのメモをジョーンズに渡した。
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