デビッドには選択肢がふたつあった。アフリカの収容施設を見つける選択肢と、自分の好奇心を満たすためにフィリップ・グリーンの身に何が起きたかを見に行く選択肢。この時は、彼の好奇心の方が勝った。
車に乗り込み、トニー・グリーンの住居がある北に向かった。アダムズの説明とは異なり、道のりは倍の6時間もかかった。デビッドは、辺りがすっかり暗くなっていたものの車を走らせ、ようやく、トニーが住む小さな町に来た。時間が遅くなっていたので、その夜はモーテルにチェックインした。
ベッドに横たわりながら、この事件について考えた。このベル博士という人物は、自分が主張したことが現実になることを証明した。実際、初期の報告によれば、(全員とは言えないものの)白人男性のほぼすべてが変化を示している。ジョーンズは、白人男性がすべて変化した世界とはどんな世界だろうかと思いを巡らせた。世界はどんなことを起こすだろう?
その問いに対する答えは見つけられなっかった。彼はいつしか眠りに落ちていた。
翌朝、目が覚め、自分が若干、小さくなっていることに気づいた。身体の感じが昨日と異なる。身長では1センチくらい、筋肉も1キロくらいか? たいていの人は、そういう小さな変化には気づかないものだ。だが、デビッドは、ほんの些細なことにも気づくことができるように訓練されている。
デビッドは、そんな身体の変化は当面、忘れることにした。自分がどうなるかは、すでに知っている。今は、それを考えても意味はほとんどない。
その30分後、彼はトニーの家の前にいた。丸太小屋だった。玄関ドアをノックする。数秒後、デビッドはFBI捜査官と名乗り、家の中に迎えられた。
トニーは年配の男だった。おそらく50歳くらい。やつれた顔をしていた。目はくぼみ、頬には張りがなかった。
「どんなご用件かな?」 とトニーが言った。高音のかすれ声だった。
「息子さんについてです」
「私は……」 とトニーは言いかけて、少しためらった。「息子を見つけたのか?」
「詳細は省かせてください」とデビッドは言った。「あなたの息子さんが戻ってきたこと、しかも、すっかり変わった姿で帰ってきたことは知っています。そんなふうにしたのが誰で、どんな理由でかも知っています。私は、個人的な好奇心を満足させるためだけにここに来ました。お子さんがどういうふうに変化に対処したかを知りたくて」
「ああ……。彼は大丈夫だ。少なくとも最後に会ったときは。息子は今、私の姪として生活している」
トニーは、そこまで言って、少し間を置いた。
「ちょっと待ってくれ? 誰がどうしてやったか知ってると言ったね?」
「あなたはご存じない?」
「誰だか知らないが、マイクという名の男だとは知っている。だが、それ以上は……」
「マイケル・アダムズです。あなたの元同僚の。あなたが犯したミスのひとつについて、責任を押し付けられ、解雇された男です。彼は個人的な恨みを抱いた。そして、あなたはちゃんと罰せられるべきだと考えたのです」
「アダムズ……ああ、何となく覚えている。それで、その男がこれをやったのか。どうして俺の息子を? 彼は逮捕されているのか?」
「彼は、あなたの御子息を誘拐し、女性化することにした。まあ、彼はそれがあなたの心を傷つける最良の策だと考えたのでしょう。……彼が逮捕されているかどうかですが、答えはノーです。アダムズは別件の調査で非常に重要な情報を提供してくれましたので、告訴しないことになったのです」
ジョーンズは嘘をついた。そもそも彼はアダムズについて報告書を書くつもりはなかった。であるから、彼の情報自体が存在しないも同然になる。
「なるほど……。で、あんたは何が知りたいんだ?」
「息子さんに関してご存知の情報なら何でも」
「さっき言ったが、息子は市街に戻って、秘書か何かをしてる。息子の身体に何が起きたかは、あんたの方が知ってるだろう?」
「ええ」
「やつらは、息子の変身を記録した写真やビデオを俺に送ってきた。もし、それが役立つなら」
「提供してくれる情報なら何でも」 とジョーンズは答えた。
*
デビッドは最初から始めた。一連の画像と動画をポータブルのハードディスクにコピーし、モーテルに戻った。そのハードディスクを自分のパソコンに接続し、まずは画像から見始めた。
最初のセットは、背が高くスポーツマンふうの若者が出てきた。素っ裸で、非常に女性的なポーズを取っている画像ばかりだった。次のセットでは、その若者の体毛がすべて消えていた。残りの画像のセットでは、次第に身体が変わっていく様子が映っていた。身長も体格もどんどん縮小していく様子である。最後に、彼の身体が、ジョーンズがこれまで見てきた犠牲者たちと同じ体つき(ただし、豊胸の乳房はない体)になっている画像があった。
次に動画に移った。最初の動画は、裸のフィリップが父親に自分は大丈夫だと伝える動画である。次の動画はフィリップがダンスをしている動画だった。その次は、よくある、若者がふざけているところを手持ちのカメラで撮ったアマチュア動画ようなビデオだった。そのふざけている様子は、男の若者のそれというより基本的に若い娘の様子に見えた。
その後にセックス動画が出てきた。始まりは、黒人女性との行為。だが、男性と女性の行為とは違っていた。レズビアンの行為と聞かされて想像する行為に近いものだったと言える。その動画の終盤に差し掛かると、黒人女性は姿を消し、ひとり残ったフィリップは脚を広げ、ディルドを手に自慰を行っていた。
次の動画も黒人女性が出てきて今の動画と似ている。だが、違いがあった。今回は、双頭ディルドを使っての挿入があった。さらに次のでは、黒人女性はストラップ・オンを使っていた。最後の動画はかなり長時間に渡るものだった。(もっとも、デビッドは大半を早送りで見た。その大半の部分ではフィリップがふたりの男性と3Pを行っているシーンだった)。
動画を見終えたデビッドは、最初の一連の画像と、最後の動画の静止画像とを見比べた。確かに、どこか風貌は似ている。だが、乳房がない点と小さなペニスがある点を除外すると、最終結果は、フィリップに妹がいたら、こういう姿になるだろうといった姿だった。ジョーンズは、どうしてトニーがこれら画像や動画をいつまでも持っているんだろうと、不思議に思った。
ジョーンズは、それは分からないと肩をすくめ、ノートパソコンを閉じ、明かりを消し、眠りについた。
*
ジョーンズが動画を観てから、1週間以上が経っていた。この間に身長は8センチ、体重も16キロほど減っていた。今はおおよそ、身長165センチ、体重65キロになっている。時間の大半を調査に費やしていた。
フィリップを見つけ、話しかけた。フィリップは非常に快活な性格をしていることが分かった。興味深いことに、彼は豊胸手術を受けないことに決めていた。話す内容も、動画から推測できる域を超えることがなく、面会を続けても価値は少ないとジョーンズは判断した。
その後、ジョーンズはアフリカに向けての旅行の準備、およびアフリカに着いた後、目的地に行くまでの移動手段の準備に取り掛かった。収容施設はサハラ砂漠の中央にある。ということは、入念な計画が必要だということだ。それを怠ると、砂漠の真ん中で命を落とす可能性が出てくる。
準備には、3日ほどかかった。フライトにはもう一日かかった。
というわけで、すべてを決め、実行した時には、1週間が経っていた。今ジョーンズはアフリカのとある空港のトイレの鏡の前にいる。そして鏡に映る自分の姿を見つめていた。カーキのズボンは革のベルトでしっかり押さえていたが、デビッドを見たら誰でも、彼の服のサイズがまったく合っていないことがはっきり分かるだろう。シャツも細くなった肩にだらしなく被さっているし、ズボンの裾も幾重にも巻き上げなければならない。
それよりも、顔の変化に目を奪われた。顔つきが柔らかくなっている。もちろん、これは予想していたことだったが、予想することと、直に見ることでは、非常に異なる。目もクリクリとして大きくなっていた。
ジョーンズはケースを持ち、トイレを出て、人ごみの中を進んだ。自分の身体が細くなり、弱々しくなった感じがした。それはそれでメリットはあるが、彼はその感情を押し殺した。そして間もなく空港を出て、雑踏の街に出た。歩き進みながら、人の視線を惹きつけてるのを感じた。彼の白い肌せいで視線を浴びているのではない。彼の身体の大きさと、その大きさに合わない服のせいだった。
2ブロックほど進んだ後、デビッドは横道へと向きを変え、その行き止まりまで進んだ。進んできた道を振り返り、誰もいないことを確かめた後、ある特定のレンガを押した。レンガが引っ込んでいく。その1秒後、右側のドアが開いた。中に入ると、ドアは自動的に閉まった。
「やあ、エージェント・ジョーンズ!」 と人懐っこい声が彼を出迎えた。サミール・アルクラ―である。ジョーンズの古くからの友人である。デビッドは、サミールが前に会った時とほとんど変わっていないことに気づいた。
「やあ、サミール」 とジョーンズは返事し、ふたりは握手した。「急がせるわけじゃないんだが、時間がなくなってきてるんだ。前に頼んだ移動手段に加えて、必要なものがいくつかある」
「何が必要だ?」
「服だ。サミール、私は変化している。見てのとおりさ。しかも、進行中だ。このままだと、父親の服を着た子供のように見えてしまって、歩きまわることができない。私の命は人に気づかれない能力に依存してるので、こういう服では活動できないんだ。だから、何か普通に見える服が必要だ」
サミールは少し考え、言った。「これからどれくらい変わると予想している?」
「次の1ヵ月の間に、身長はあと13センチ、体重は7キロ減るだろう」
「ローブを何着か貸してやろう。詳しく調べられたら、それでは通らないが、あまり視線を浴びずに街を歩くことくらいはできる」
「オーケー、それでいい」
*