その2時間後。ジョーンズが経理記録を調べている時だった。彼のオフィスにウィルソン女史が入ってきた。ジョーンズは顔を上げた。
「今、この記事を書いたところなの。これがあなたが思っていたことに当てはまるか、知りたくて。読んでもらえる?」
「いいとも」 とジョーンズは答え、ウィルソン女史は書類を手渡した。
その記事は次のようになっていた。
* * * * *
「調整するということ:すべてのボイたちが知っておくべきことのいくつか」 イボンヌ・ハリス著
数ヶ月前、オマール・ベル博士が大気に生物化学物質を放出し、それはこの何ヶ月かに渡って、私たちの白人男性に対する従来の考え方を効果的に根絶することになりました。男性的ないかにもアメリカ男といった存在は消滅し、その代わりに、小柄な(通常、身長165センチに満たない)男の子と女性の中間に位置する存在が出現したのです。ですが、そのことを改めて言う必要はないでしょう。あなたがこの記事を読んでるとしたら、自分がどう変わってしまったかを一番よく知っているのはあなた自身であるから。この記事の目的は、情報提供にあります。(以降、この記事ではボイと呼ぶ)白人男性たちが、依然として男性のように振舞おうとあくせくしている様子がいまだに続いています。それは間違いなのです。あなたたちはもはや男性ではありません。ボイなのです。それを踏まえて、この記事では、いくつかの主要な問題点に取り組むことにします。それは挙措、セックス(イヤラシイ!)、そして服装という3つの問題です。それでは、前置きはこのくらいにして、早速、本論に入りましょう。
すでに述べたように、最初の問題は挙措についてです。どういう意味だろうかと思うかもしれません。まあ、「挙措」とは態度、振舞いのことを言う気取った用語ですが、それ以上のことも意味します。挙措には、普段の姿勢から歩き方に至るあらゆることが含まれます。ボイたちが、これまでと違ったふうに振る舞うことを学ばなければいけないというのは、奇妙に思われるかもしれませんが、でも、率直に言って、あなた方が男性のように振舞おうとするのは、マヌケにしか見えないのです。10代の若い娘が、その父親のように振舞おうとする姿を想像してみるとよいでしょう。まさにそれと同じです。ボイが男性のように大股で歩くのを見ると、まさにそれと同じくらい奇妙に見えるものなのです。
ボイは、男性とは異なるがゆえに、男性とは異なるふうに振る舞うべきなのです。この点はいくら強調しても足りません。というわけで、外出しようとするあなたたちボイに、いくつか指針を提供しましょう。まず第1に、背中を少し反らし続けること。その姿勢を取ると、あなたのお尻を完璧に愛しいものに見せることになります。第2に、腰を少し揺らすようにすること。男性はそれが好きです(これについては後で詳しく述べます)。第3に、怖がらず、エアロビクスを行うこと。皆さんは身体の線を保つ必要があります。太ったボイは孤独なボイになってしまいます。個人的にはストリッパーのエアロビを勧めますが、他のどんなエアロビでもよいでしょう。ですが、私が提供する指針で一番重要なものは、次のことです。女性をよく観察し、彼女たちをまねること。皆さんは、女性にはるかに近い存在となっているのです(しかも、性的な目標もきわめて類似している。これについても、やはり、後で詳しく述べます)。そして、女性たちは皆さんよりはるかに以前から、これを実行してきている。なので、ボイたち、私たちを観察し、学習するのです!
触れなければならないふたつ目の問題は、服装に関する問題です。(あなたが、元々、発育がよくなかった男子だった場合は別ですが)みなさんの大半は、おそらく、持っている服のすべてが、もはや自分に合わないことに気づいていることでしょう。ですから、皆さんは、すべて新しい服を買い直す必要があります。たいていのデパートでは、直接ボイを対象にして、新しいセクションを開いています。なので、そこから始めるのが良いでしょう。ですが、予算に限りがあるならば、勇気を持って、あなたのサイズに近いガールフレンド、妻、あるいは姉妹から服を借りるとよいでしょう。
ただし、いくつか注意すべき点があります。まずは下着から話しましょう。ボイはパンティを履くこと。そうです。ブリーフやトランクスではありません。パンティです。みなさんの体形は、パンティを履くようになっているのです。パンティを履くことを好きになるように。私も、新しいセクシーなパンティを履くのが大好きです。それを履くと、自分に自信がみなぎるのを感じるものなのです。ボイの中には自分の女性性を完璧に受け入れ、ブラジャーをつけ始めた人もいます。そのようなボイたちの適応力に、私は拍手をします。ですが、私の個人的な意見を言わせていただければ、ボイはブラをつけるべきではありません。どの道、ボイには乳房がないのですから(今の時点では、なのかもしれませんが。気の狂ったベル博士が何をしたか、知ってる人は誰もいませんし)。皆さんは、女の子でもありません。ボイなのです。ボイには乳房はありません。ゆえにブラの必要はないのです。
アウターに関して言うと、基本的に女の子が着る服なら何でも適切と言えるでしょう。スカートからジーンズ、ブラウスからドレスに至るまで何でもよいでしょう。着てみて似合うと思ったら、着るべきです。注意すべきは一つだけ。(たとえサイズがかろうじて合うような物であっても)紳士服を着たら変に見えるということを忘れないこと。皆さんは、決して男性のようにはなれないのです。ですから、婦人服や、ボイ、あるいは子供服のセクションにある服に限定すべきなのです。
最後に、セックスについて少しだけ触れたいと思います。もし、この話題に関して嫌な感じがしたら、即刻、読むのを止めてください。
よろしいですか? まだ、読み続けていますね? よろしい。
ボイの皆さんは、性器に関してサイズが減少したことに気づいているかもしれません。この変化に気恥ずかしさを感じた人も多いことでしょう。でも、そんな恥ずかしがることはないのです! ボイが小さなペニスをしていることは完全に自然なことなのです。最近の研究によると、白人男性の平均のペニスサイズは4センチ程度になっており、しかも、それより小さいことも珍しくはありません(実際、私の夫は、2センチ半にも達しません。これ以上ないほどキュートです)。ボイの皆さん、心配しないように。そんなペニスのサイズなんて、もはや、それほど重要なことではなくなっているのです。そのわけをお話ししましょう。
皆さんは、以前に比べて、アヌスがかなり感じやすくなっていることに気づいているかもしれません。皆さんの身体はそういうふうにできているのです。その部分を、新しい性器だと考えるようにしましょう。女性にはバギナがあります。男性にはペニスがあります。そして、ボイにはアヌスがあるのです。恐れずに、その新しい性器を試してみるとよいでしょう。その気があったら、そこの性能を外の世界で試してみるのもよいでしょう。ガールフレンドから(あるいは、気兼ねなく言えるなら、姉や妹から)バイブを借りるのです。そして、街に出かけるのです。すぐに、そこが「まさに天国みたい」に感じることでしょう(これは私の夫の言葉です)。
さて、皆さんの人生にとって最も大きな変化となることが、次に控えています。多分すでに予想してることでしょう。そうです。ボイは男性と一緒になるべきなのです。これは簡単な科学です。ボイは女性とほぼ同一のフェロモンを分泌します。それに、男性のフェロモンに晒されると、ボイは女性とほぼ同一の反応を示すことも研究で明らかになっています。
これが何を意味するか? ボイの皆さん、気を悪くしないでください。ですが、皆さんは男性に惹かれるようになっているのです。もっとも、男性の方も皆さんに惹かれるようになっているのです。そのような身体の要求に抵抗したければ、してもよいでしょう。ですが、これは自然なことなのです。この事実と、皆さんが感じることができる新しい性器を持っている事実を組み合わせてみれば、なぜ、ベル博士があの物質を放出して以来、男性とボイのカップルが400%も増えたのか、その理由が分かるでしょう。
ボイにとって、ヘテロセクシュアルであるということは、男性を好むということを意味するのです。そのことを拒むボイも多数います。そのようなボイは、基本的にホモセクシュアル(つまりレズビアン)であることを意味します。あるいは、少なくとも様々な実生活上の理由から、レズビアンになっているということを意味します。多くの女性が、変化の前は、男性と結婚していた(または男性のガールフレンドになっていた)わけですから、変化後もその関係を続けるとなれば、ボイはレズビアンになることになるわけです。
一応、その事実を念頭に置いてですが、そういうボイの皆さんには近所の「アダルト・ストア」に行き、何か…突き刺すもの…を探すことをお勧めします。あなたもあなたのパートナーも共に同じ種類の欲求を持つので、おふたりが共に満足できるようなものを手元に置いておくことがベストでしょう。
これを読んでる皆さんの中には、まだ拒絶状態でいる人も多いと思います。厳しいことを告げる時が来たかもしれません。どうか、鏡を見てください。何が見えますか? その姿は男性ですか? 決してそうではないでしょう。その姿は女性ですか? いいえ、違う。鏡の中からボイがあなたを見ているはずです。ボイはボイらしく行動する時が来たのです。
カウンセリングが必要な人もいるでしょう。それは良いことです。政府は、そのような要求に備えて、国中にカウンセリング・センターを設置しました。そこに行くこと。そして新しい自分を受け入れる方法を学ぶことです。この記事が役に立てばと期待しています。それでは今日はここまで。ありがとう。次週は、パンティを履くことが、あなたに人間としてどのようなことを教えるかについてお話します。* * * * *
ジョーンズは顔を上げた。「これは……完璧だよ、ウィルソン女史!」
彼女はにっこりと笑顔になった。「私のこと、キムと呼んでもいいのよ」
「ずいぶん考えてくれたようだね」
とジョーンズが言うと、キムは肩をすくめた。
「それじゃあ、もうひとつ、助けてほしいことがあるんだが……」
「どんなこと?」
「オーウェンズが、新しい服装が必要だと言っていた。それには僕も完全に同意している。今の服は全部、身体にあわなくなっているから。なので、新しい服を買うのを手伝ってくれるとありがたいんだ……」
キムはさらに嬉しそうな顔になった。「もちろんよ。で、いつ?」
ジョーンズは肩をすくめた。「今からではどう? いずれにせよ、ちょっと休憩しようと思っていたところだったし」
「ええ、いいわ。まずはすべきことから始めましょう? あなたのサイズが必要だわ。もう、身体の変化は止まったと思う?」
「ああ、そう思う。確信はできないけど。他の事例では、ほぼ1ヵ月で変化が止まっている」
「ここでサイズを測ってもいい?」
「ここでも、どこでも構わないよ」
ジョーンズがそう言うとキムは部屋を出て行き、2分ほどして戻ってきた。そして早速デビッドの身体のサイズを測り始めた。
ウエストは55センチ、ヒップは89センチあった。キムは、内また、腕、胸周りも計測し、メモに書いた。
そしてふたりは出かけた。
*
それからしばらくの後、ふたりはとあるモールにいた。キムはデビッドの手を引っぱって、デパートの下着売り場に向かった。デビッドは、満足げにキムに主導権を任せていた。キムは山ほどあるパンティから彼のために様々なスタイルのパンティを選んだ。その後ふたりは、ビジネススーツ(もちろんスカートの)、ジーンズ、ショートパンツ、そしてトップスを買った。ドレスやスカートも買った。新しい靴やストッキングも。
モールの中を歩きながら、ジョーンズは、他のボイたちの姿を見かけた。どのボイたちも普通は女性連れで、恥ずかしそうな顔をしながら、婦人物のジーンズやTシャツを漁っていた。彼らは、そういう売り場にいて、見るからに居心地悪そうにしているが、かと言って立ち去るわけでもなかった。これは重要なことと言える。彼らはすでに、自分が以前とは異なった存在になっていることを受け入れ始めているのだ。ジョーンズらのプランによって、彼らが境界を超え、完全にこの立場を受け入れるようになるのは、時間の問題に思われる。
キムは買い求めた服がちゃんと合うか確かめたいと思い、本部に戻る前に、ふたりでデビッドのアパートに立ち寄ることにした。デビッドはひとつひとつ衣類を試着し、そのいずれも身体にぴったりであるのに気づき、驚いた。確かに、ジーンズやショートパンツは、履きなれたものよりちょっとぴっちりしていたが、不快というわけではなかった。そういう仕立てになっているということである。スカートやドレスに関しては、奇妙な感じとしか言えなかった。それらで身を包むと、どこか、自分が弱々しくなった感じになるのだった。
「ハイヒールを履いて歩くのを練習する必要があるわよ」 とキムは、スーツを着てリビングに入ってくるデビッドを見ながら言った。そのスーツの下には、パンティ、ガーターベルト、ストッキングを履いている。「ヒールなしでそういうスカートを着ると、変に見えるから」
「オフィスにはジーンズで行くことにするよ。まだ、僕は、スカートを履く準備はできてるとは思えない」
「どうかしら? 私にはとても可愛く見えるけど」 とキムは微笑んだ。
ジョーンズも笑顔を返し、また寝室に戻った。服を脱ぎ、ランジェリも脱いだ。そして、また別のピンク色のソング・パンティを履こうとした時だった。キムがドアをノックした。ジョーンズは新しい役割に慣れようと、パンティを履きながら、「どうぞ」と答えた。
「私ね……」 と言いかけてキムは言葉に詰まった。デビッドの姿を上から下まで視線で追っている。「知らなかったわ、あなたがこんなに……」
「女の子っぽい?」とデビッドが言うと、
「綺麗だなんて」とキムは答えた。「身体のサイズは測ったけど、でもこんなに……」
「ありがとう、って言うべきなんだろうな」とデビッドは言った。
ちょっと間があった後、キムは堪え切れなくなったかのように、口走った。「本当に、みんなが言うように、小さいの?」
「何が?」 と訊いたものの、ジョーンズはキムが何のことについて言ってるのか完全に知っていた。
「あなたの……アレ」 とキムは彼の股間を指差した。
ジョーンズはパンティを降ろした。
「まあ! すごくキュート!」 と言った後、キムは自分の口を手で覆った。「ああ、ごめんなさい! 気がついたら、言ってしまっていた」
「いいんだよ」とジョーンズは答え、パンティを引っぱり上げ、元に戻した。「いずれ、僕もそういうリアクションに慣れる必要があるんだから。それに、君が書いた記事によれば、これは完全に自然なことなんだよね。そうだろう?」 とジョーンズは微笑んだ。
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