第2章 おっぱい
次の日の朝、寝室の窓からさす陽の光に目を覚ました。朝と言うより、実際は、昼過ぎ。最近、ずっとお昼過ぎまで寝てることが多くなっていて、今日も、時計によるとすでに午後の1時半になっていた。
ちょっと身体がだるかった。前夜にお酒を飲みすぎたような感じ。前夜に見た変な夢のことをかすかに覚えていたけれど、あれが何だったのか思い出せなかった。
寝ぼけ眼のまま、両脚を振ってベッドから降りようとした時、心のどこかからか、それはやめた方がいいと言われてる気がした。でも、その心の声を無視して、あくびをし、床に足をつけた。両足がちゃんと床のカーペットについて、あたしは両腕、両脚を伸ばして、背伸びした。
目をこすりながら廊下を進み、バスルームに入った。洗面台に行き、蛇口の下に顔を入れ、ちょっと水を飲んだ。水を流したまま、歯ブラシを握り、歯磨きをそれに塗りつけ、顔を上げ、鏡を見た。
その瞬間、あたしは口をあんぐりと開け、持っていた歯ブラシがシンクに落ち、かちゃりと音が鳴った。怪訝そうな目で鏡を見ている自分の顔がそこにあった。そのあたしの視線が胸へと降りて行く。
あたしは、いつもそうしているように、寝巻がわりに白いTシャツを着ている。でも、そのシャツがいつもと違って、普通じゃないように見えた。いつもなら、Tシャツの布地は、すんなりと胸の前を降り、パジャマのズボンのところまでを覆っているはず。なのに今日は、おへそが見えてしまってる。それに、うまく形容できないんだけど、胸の前が丸く膨らんでいるようにも見えた。身体の前、膨らんでいて、ふたつ丸い盛り上がりができている。その左右の盛り上がりの先端にはそれぞれ小さな突起ができていた。
次の瞬間、昨夜の出来事がいっせいに頭の中に溢れてきた。あの物音、匂い、光景、そして、何より、あの契約。
あたしは昨夜、乳房ともうふたつの願い事と引き換えに、自分の魂を売ったのだった。そして、それは白日夢でも幻覚でもなかったのである。本当に変化が起きていた! 夢に見続けてきた乳房ができている!
素早くシャツの裾を握って、頭の上まで捲り上げ、そして鏡を見た。それを見た瞬間、文字通り、ハッと息を飲んだ。
本当に完璧だった。まず第一に、それは大きかった。アニメにあるようなバカみたいな大きさではない。あたしは元々、小柄な女だ。だが、その小柄な身体にCカップの乳房がつくと、ものすごく大きく見える。先端には、以前同様、小さな乳輪があるし、ちょっと長めの乳首もついている。だが、その後ろにある肉の部分が、突然、巨大に膨らんでいる! この乳房、あたしの乳房! 形も完璧。ふもとが正円に近くて、ゆったりとスロープを描いて先端に通じ、パーフェクトな滴の形状をしている。
肩をちょっと揺らしてみると、胸も自然に、しかも誘惑的にプルンプルンと揺れた。それを見て衝撃を受ける。この乳房、本当にあたしの胸なんだ! あたしの身体にくっついているんだ!
身体を動かすと、左右の乳房がぶつかりあったり、跳ね揺れたりする。それにより乳房の重量感も肉の密度も感じ取れる。
もっと感じてみたい! 両手を胸の近くに持っていった。心臓がドキドキしていたし、指先も本当に震えていた。どんな感じがするんだろう? 貧弱な胸しか知らないあたしには、知らないこと。触れた途端、指が千切れちゃっうかも。それとも乳房がシューっとしぼんでしまうかも。でも触ってみたい。
指を乳房に押しつけてみたら、乳房の肉にむにゅーっと入っていった。暖かくて、肉が詰まっている感じ。しかも、指で乳房を感じることができたばかりか、乳房で指を感じることもできたのだ! 当たり前と思うかもしれないけど、こんなこと信じられない!
乳房を触りながら、うつむいてそこに目をやった。乳房の肌がぷるんぷるん波打ってるのが見えた。本当に完璧! それにいじるのが気持ちいい。自分がセクシーになった気がする。
前からずっと知りたいと思っていた。大きな胸を持つってどんな感じなのか、それに、それを揉んでみたらどんな感じになるのか。
そこで右手で左の乳房を掴んで、ちょっと軽く握ってみた。その瞬間、何か溜まっていたものが解放されるような不思議な感じがした。実際、目を閉じて、ああんってうめき声を漏らしていた。不思議だけど、気持ちいい。
目を開けて鏡の中の胸を見た。何だか変。鏡に、白い液体が何滴かついている。頭が混乱した。顔を近づけて見てみたけど、何なのか分からなかった。でも、鏡に映る乳房を良く見たら、そこの乳首にその液体の滴がくっついている!
右手の人差し指を、その乳首に当ててみた(瞬間、快感の電流がぞぞっと背筋を走った)。そして指でその白い液体をすくって、目の高さに持ち上げた。いったい、これは何なの?
天井に目をやった。天井から何か滴り落ちてるんじゃないかと思って。でも天井は乾いている。鼻に近づけて匂いを嗅いでみた。でも、何も匂わない。あたしは肩をすくめ、パジャマのズボンで指を拭った。それから、右側の乳房は違った感じがするかもしれないと、そっちも揉んでみようと思った。
今度は前より強く揉んでみた。やっぱり何か溜まっていたものが解放される感じ。前より強く感じる。でも、この時は、目を開けたままで揉んだのだ!
乳首から何かがビュッと撃ち出されるのを見て、ショックを受ける。あたしの身体から、液体が長い紐状になって出てきたのだ! その液体が鏡にぴしゃりと当たり、はじけるのを見た。鏡には、さっきのに加えて、新たに白い液体がくっついている。
顔を下げて乳首を見たら、またも、その先端に滴がついていた。
もしかしてミルク? あたしの乳房には母乳がいっぱいなわけ? 見ている光景があまりにショッキングで、あたしは何がなんだか分からなくなっていた。混乱させることが、一度に一気に押し寄せてきて、何が何だか分からない。
ゆっくりとだったけど、あたしの寝室から電話のベルが聞こえてるのに気づいた。あたしは、指先やバスルームの鏡についたミルクを見つめたままだったけど、一種、茫然とした状態で、上半身裸のままバスルームから出て、寝室に戻り、電話に出るため寝室に戻ることにした。そんな茫然とした状態であっても、歩きながら、胸が上下に跳ねるのに気づいた。
何とか部屋に戻り、ナイトスタンドのところに置いておいた電話を取った。表示されている電話番号を見た。知らない人からの電話。ディスプレーには666という数字しか出ていない。
ちょっと電話を見つめていた。こんな番号、ありえない。でも、母乳充満の大きな乳房があたしにくっついているというのも、ありえない。結局、あたしは電話のボタンを押し、「もしもし?」と言った。
「おはようございます、マンスフィールド様。いくつかご質問がおありかと感じまして、お電話さしあげた次第ですの」
電話からは、聞き覚えがあるセクシーな声が聞こえた。言葉づかいは違うけど。
「リリス?」 そもそも電話をよこしてくるというのがワケ分からないと思ったけど、「あたしはラリッサで、何とか様じゃないわ…」と答えた。
「そうよね、ジェーン・マンスフィールド(
参考)、冗談だわさ……あんたの時代より前の話しだから気にしないで。今ならパム・アンダーソン(
参考)? それもダメか、今の時点だと彼女もかなり古くなってるから。それで、どうなの? 今朝の調子はどう? おっぱいの件だけど」
リリスはそう言って、電話の向こうゲラゲラ笑いだした。
「これ、リリスがしたの?」 とあたしは胸を見おろしながら言った。
「お願いすれば、叶えられるということ。あんた、でかくて、綺麗なおっぱいを欲しがっていたでしょ? で、ちゃんと手に入れたのよね?」
「ええ、でも、このおっぱい、いっぱいすぎて……」
「セックス・アピールが? 動物的欲望の吸引力が? それとも、単に肉感が?」
「違うわよ、ミルクが!」 とあたしは叫んでいた。「大きくて綺麗な胸なのはいいんだけど、ずっとミルクを出し続けているの!」
「何のこと言ってるの?」 とリリスは興味なさそうに言った。
「母乳たっぷりの胸なんて言ってなかったわ。単に大きくしてくれと言っただけなのに!」
大きな声を上げると、それに合わせて乳房がぶるぶる震えるのを感じた。乳房の中、ミルクがたぷたぷ波打ってるのが聞こえそうに感じた。もちろん頭の中での想像にすぎないとは知っているけど、こんな感覚、変すぎる!
「まあ、確かにあんたは言わなかったけど?」 リリスは平然と言いかえしてきた。「だから、何なの? いいこと、ラリッサちゃん。あたしはね、太古から自然界で生きてるのよ。何もないところから何かを作ることなんかできないし、多量のシリコンも持っていないしね。そもそも、シリコンなんて、あたしが住んでるところではすぐ溶けちゃうし。あんたのおっぱいを大きくしてやったけど、これは昔ながらの方法でやったの。ミルクを入れる方法ね」
リリスの口ぶりは、彼女がどんな方法を使って願いをかなえるか、あたしは前もってちゃんと知っておくべきだったと言わんばかりの口ぶりだった。
「お願いするときは、注意することね」
話しを聞いてるうちに、突然、あたしは恐怖を感じた。
「赤ちゃんができたということ?」
だって、何もないのに母乳が分泌されるはずがないもの!
でも電話の向こう、リリスはクスクス笑っていた。
「さすがのあたしも、そこまではしないわよ。でも、いま思うと、そうした方が良かったなあと思うわ。アハハ。やったのは、ただ、ミルクをたっぷり出す仕組みをいじっただけ。そうすると自動的に大きなおっぱいになる」
姉が子供を産んだ時のことが頭によぎった。あの時、急に姉の胸がちょっとだけ大きくなったっけ。ちょっとだけだったけど。
「でも、ミルクを出すためなら、カップのサイズ1つくらいしか大きくならないはずじゃない?」
あたしはベッドにどっしりと腰を降ろしながら訊いた。こんなの予想していなかった。
「そうねえ、赤ちゃんができて、正常に母乳を分泌するとしたら、1日当たり、700~900ミリリットルくらいかな。だったら、たぶん、あんたが言うのは正しいかも」
リリスの「正常に」というところの言い方に、何だか、嫌な予感がした。
「それで……あたしの胸の場合は、どのくらい分泌するの?」
「まあ、それはいろんな条件によって変わるわね。ほら、どんくらい食べるかとか、飲むかとか、運動とかも関係するし」
リリスは、まるで一般的な知識の話しをしているような口調だった。あたしはだんだん心配になってきた。
「お願い、リリス。だいたいのところでいいから」
「そうねえ、だいたい3リットルくらい? 牛乳パック3本分くらいかな。6時間ごとに、乳房一つあたり、340ミリリットル。まあ、寝てる時とかは、分泌速度も遅くなったり、止まるかもしれないけど」
牛乳パック3本分! 自分の身体からそんな多量の液体を出せるなんて、できっこない。しかも6時間あたり、700ミリリットルって! すごい量じゃないの! あたしって、牛になったの?
「あ、でも、心配しなくていいわよ。ミルクを出してもおっぱいがしぼんだりしないから。そこんとこは、ちゃんと注意しておいたわ。いくら出しても、プリプリのまま。形も変わらない。すごいでしょ!」