01
2021年の暮れ、ある偉大な男のおかげで世界は取り返しのつかない変化をこうむった。邪悪、その通り。勘違い、確かに。気が狂ってる、たぶん一番可能性が高い。オマール・ベル博士は善良な男ではない。だが、彼は偉大な男だ。もっと言えば、あまりに偉大なため、世界の歴史の流れを完璧に変えてしまった。これほど世界を変えたと主張できる人間は、男でも女でもボイでも、悪人だろうが英雄だろうが、他にはいないだろう。
現時点で誰もが知る通り、ベル博士(元ノーベル賞受賞者)は大気中にある生物エージェントを放出した。それは白人男性を女性化するよう設計されたものだった。そして、その生物エージェントはしっかりと仕事をしてしまったのである。世界のすべての白人男性がひとり残らず、ベル博士自身が述べた以下のような変化を経験した。
1.サイズ:白人男性は縮小し、むしろ白人女性と同じほどに小人化する。
2.体形:さらに白人男性の体形も変化し、腰回りが膨らみ、ウエストが細くなり、同時に臀部が丸く膨らむ。加えて、筋肉量もかなり失い、他の人種の男性よりはるかに弱い存在になる。
3.陰部:陰茎も縮小し、(平常時)おおよそ10センチ、(勃起時)15センチの平均から、(平常時)おおよそ3センチ、(勃起時)5センチへと小さくなる。白人ボイは勃起できないというのは、ありがちな誤解である。勃起は可能であるのだ。単に、その小ささゆえに、挿入する際に問題が生じるというのが事実である。
4.アヌス:誰もが知るように、白人ボイにとってセックスとは普通、アナルに挿入されることを意味する。だが、その理由は何か? それは、白人ボイのアヌスが女性のバギナとほぼ同じくらい性感帯になっているからと言える(女性のソレ以上の感覚をもつ者もいる)。それに加えて、これは私としては意図していなかったことではあるが、性的活動がピークに達した時期の白人ボイは興奮すると自然にアヌスに潤滑液を分泌し、挿入行為の摩擦を和らげるのである。さらに彼らのアヌスはかなりの柔軟性も獲得した。アナルセックスは初めてのときにはかなり苦痛を伴うものであることから、この柔軟化の性質は主にバージンのボイたちに影響を与えた。現在、ボイにとっての初体験は、女性が初めてバギナに挿入された時に感ずるものと同じようなものとなっている。
5.乳首:ああ、そして、これ。基本的に乳首は大きくなり、女性の乳首と同じく性感帯になっている。
6.体毛:白人ボイには体毛も髭もない。
7.顔つき:白人ボイの顔は若干丸みを帯び、かなり女性的な顔になっている。
8.フェロモン:白人ボイは女性が分泌するフェロモンに非常に似たフェロモンを分泌し、男性が分泌するフェロモンに反応する。グレート・チェンジの直後である現在、多少、狂ったように男性に関心を向けられることを求めているボイが多い。この現象は、ボイたちの肉体が新しいホルモンバランスに適応しきれていないことから発生した。だが、時間の経過とともに、このようなボイたちも性的パートナーの選択に関して以前より注意深くなっている。
9.性衝動:上記と関連した話題である。白人ボイが他の人間よりも性衝動が強いというのは、ありがちの誤解である。これは間違いである。最初はそう言えたかもしれないが、それはグレート・チェンジの直後に生じたホルモンレベルの上昇に起因したものであった。時間の経過に伴って、彼らのリピドーは平坦化し、典型的な女性と同レベルに落ち着いている。
02
この状況は何から何までとても恥ずかしかった。これが起きる前は、自分が何者であるかちゃんと分かっていた。自分の立ち位置も知っていた。だが今は……今は自分を見失っている。今はどんなことでも起きるに任せているだけ。もはや、何をしてよいか分からなくなっているから。
考えてみるとすごく変。自分が以前はこんな自信満々の男だったなんて。でも、当然と言えば当然。私はこの国の最高レベルの大学フットボールチームでクォーターバックをしていたのだから。自分は「大学のビッグ・マン」という言葉にピッタリの男だった。だが、その時、オマール・ベルがあれを放出したのだった。ビールスだか生物エージェントだか知らないが……。そして何もかもが変わってしまった。自分も含めて。
自分が着れる服がないかと妹に訊かなくちゃいけなかった。恥ずかしくてたまらなかった。もちろん、妹の方は大はしゃぎして探しだし、クローゼットにあった中で一番女の子っぽい服を僕に着せた。そしてそれから、どういうわけか、僕に髪の毛を伸ばした方がいいと説得した。「ボイたちはみんなそうするの!」と妹は言った。そして僕はそれに従った。反論はありえない。
時々、昔の自分がどうだったかを振り返る。そして、昔の自分は本当は夢の中の姿にすぎなかったのではないかと思うことがある。今はそう感じている。まだ1年も経っていないというのに。これから自分の人生がどう変わっていくのだろう。それを思うと身体が震えてくる。
03
最初からこうだったわけじゃない。ボクもしばらく抵抗していた。嘘じゃない。本当に抵抗した。まあ、最初の頃は、みんな、こんなの一時的なことだと思っていた。2ヶ月もすればみんな元に戻るだろうと。世界中の最高に頭のいい人たちが解決法を研究していた。そんな彼らに解決法が見つけられないなんて、ありえないだろうって。まあ、でも、オマール・ベルはその人たちよりも賢かったということなんだろうなあ。ボクたちは元に戻らなかったわけだから。
みんなじゃないけど何人かの人たちがボクを見る目が変わった。屈したことを咎めるような、まるでボクを裏切り者のように見る目。それこそ、ベルが望んだことだったんだけど。今は、あの人たちが言ってることが本当に思えてくる。とは言っても、本当のことを言えば、アレをするとボクも幸せな気持ちになれる。世の中の伝統主義者たちの中には理解しがたいことだというのは分かるけれど、本当に自然なことのように感じられる。何と言うか、ずっと前からボクはこうなるようになっていたのだと、そんな感じがする。もちろん、ボクは、ベルがしたことは悪いことだと知っているし、こんな事件は起こらなければ良かったとも願っている。ベルの事件は、ボクが本物の男性を見ると感じる、その感じ方を自分ができる以上に変えてしまった。それは事実。だけど、ボクならその事実を変えることができると思う。
それで? ボクは何をすべきなのだろう? 自分がこんなふうになってしまったのが気に入らないからという理由だけで、塞ぎこんで、本当の自分を否定する? 髪を短くして、スーツを着て、ボクが欲しいのは女性なんだと偽りの姿を演じる? ひょっとすると、そんな女性を見つけることができるかもしれない。ボクには彼女が欲しているものがあると偽ってくれる女性が見つかるかもしれない。そうやって、そんな彼女とふたりで偽りの人生を送ることができるかもしれない。何も変わっていないんだと振舞いながら。そういことをすべきなのだろうか? いや、そうは思わない。
ボクは、いまのボクなのだ。いま分かってる限りでは、この先も治療法は見つからないだろう。だったら、ボクは今の現状を最大限に活用するつもり。そうして幸せになる。もし、幸せになるためには、大きくて黒いおちんちんが必要だとなれば……まあ、その時は、それが必要ということなのだろうと思う。
04
タミーは横目で彼を見た。そしてかすかな想い出が彼女の頭をよぎった。タミーは無視しようとしたけど、心に引っかかる断片のように、それはなかなか頭から離れようとしなかった。その時、彼女は、どうしてそうなのか分かったのである。
「サイモン? あなたなの?」
細身の愛らしいボイがおどおどとした目で彼女を見、そして頷いた。「僕だと気づかれなければいいと願っていたんだけど。こんな形では」
彼はそう言って、履いていた白黒のパンティを指差した。タミーは彼の向こうに視線を向けた。彼が出てきた着替え室へと。そこには衣類が山になっていた。……スカート、ドレス、ショートパンツ。
「素敵じゃない!」 とタミーは感嘆した。実際、サイモンは素敵だった。他の白人ボイたちと同様、オマール・ベルのウイルスは彼を変え、小柄で愛らしく女性的な姿にしてしまったのである。
「どんな調子?」
サイモンは細い肩をすくめた。「大丈夫、だと思う……考えてみればだけど」
こんな彼を見るのは、まったくシュールな体験だった。こんなにシャイで頼り無げなサイモンなんて。タミーがサイモンとデートしていた時、彼は非常に傲慢な男だったのである。むしろ、本当のことを言えば、その傲慢さがタミーにとっては好きなところだった。それに加えて、彼の大きなおちんちんも。
タミーはどうしても訊かずにいられなかった。「アレ、見せてくれる? 他のボイと同じように小さくなったの?」
躊躇うサイモンを見て彼女は急かした。「ねえ、恥ずかしがらないで。あなた、今は事実上、女の子なんだから。見てみたいだけなの。ねえ、ほら。前はいつも、喜んでアレを出したがっていたじゃない!」
「笑わないって約束してくれる?」 サイモンは小さく、女の子っぽい声で訊いた。タミーが頷くと、サイモンはゆっくりとパンティを膝まで降ろし、小さなふにゃふにゃのペニスを露わにした。3センチもなかった。
タミーはほとんど何も考えず言った。「すっごくカワイイ!」
05
僕は前から自分のことは分かっていたんだ。いいかな? グレート・チェンジの前からすでに、僕は他の男とは違うと分かっていた。今となっては、僕がコンピュータの前に座って何時間、異人種間ポルノを見て過ごしたか、数え切れない。ほとんど、強迫観念と言っても良かった。
だが僕はそれを秘密にし続けた。誰も、僕の妻ですら、それを知らない。外に見せる姿、行動のすべてにおいて、僕はごく普通の男でいた。だが、心の中では……何と言っていいか、僕はビデオで見る女たちみたいになりたいと思い続けていたのだった。大きな黒いペニスをからだの中に挿入してもらいたい。どんな感じか感じてみたい。とは言え、僕は男たちが欲しがるようなカラダを持てないことは知っていた。たとえ女装する勇気を奮いたてたとしても、とても通用しないほど、僕は男性的すぎたのだった。
オマール・ベル・ウイルスの話しを聞いた時、まさに僕の妄想世界から飛び出してきたことのように聞こえた。でも、もちろん、こんなことはありえないだろうとも思った。何かのジョークに違いないと。だが、その時以来、僕のからだは変わり始めたのである。
もちろん、(他のボイたち同様)僕は世界の終わりが来たかのように振舞った。しかし、僕の男性性が薄れていくにつれて、僕はだんだん抑制しなくなっていった。僕のからだが変化を終えてから、すぐのことだったが、僕と妻との夫婦生活はすでに終わったことが明らかになった。それでもなお、僕はまだ男性としての立場を前面に出し続けた。それも、妻のおかげだったのかも。
だけど、どうしても押さえこむことができなくなった。僕は、とうとう、長年の夢を実現できるような肉体を手に入れたんだ。どうしても、この身体を試してみたくてしかたなかった。今にして思えば、妻に見つかるのは避けられないことだったと思う。でも、男性を家に連れ込んだりするとは思っていなかったのは確か。少なくとも、あんなことをされて、恥に思うだけの上品さは持っていたと思っていた……でも、それは彼にアレを入れられる瞬間までだった。アレを入れてもらった後は、僕は正真正銘の淫乱女のように絶叫し、よがり狂ったのだった。
06
復讐は甘美な味がするものだ。個人的な経験から、それが分かる。
しっかり分かってほしいが、私はレイシストではない。私なら、オマール・ベルがしたことは間違っていたと真っ先に声を上げるだろう。絶対に、ブレもせず、そう言える。だが、彼があんなことをした理由は理解している。私は、自分自身、レイシストの白人男たちに痛い目に会わせたいと思っていた。だが、白人男性全員を懲らしめる? そんなことはまったく間違ってる。
しかし、それにはそれなりに、使える道があるのだ。
この、ふたりの男に犯されているボイはどうだろうか? ああ、このボイは、地元のKKK支部のリーダーの息子なのである。実際、愉快なことだ。このボイはかつては父親同様のレイシストだった。だが、彼はグレート・チェンジの後、すぐに調子を変えたのだった。彼が黒ペニスキチガイの淫乱になるのに時間はかからなかった。
いつになったら、彼の父親が嗅ぎつけてやってくるだろうかと僕は思っている。
07
「ああ、ほんとにみんなこれを見たいと思ってるの? 確かなの? 何と言うか……少なくともパンティか何か履いちゃダメなの?」
あ、君はパンティを履きたいのかな? オマール・ベル・ウイルスだけで自分が変わることはないと言い続けていたのに、そんなボイに、いったい何が起きたのかな?
「だって…ただ、すごく露出してる感じで。それにアレ、すごく小さいし」
確かに露出している。それに小さいことはいいことなんだよ。まさにそれこそ、最近は、みんなが見たがってるんだ。君のような美しいボイが小さなおちんちんを見せている。それよりセクシーなことはないというふうになってるんだよ。君ならみんなを気が狂わんばかりにしちゃうだろう。
「でも、これって良いことなの? ただの写真でしょう? セックスとかそんなことはナシの」
ああ、ただの写真だよ。その後は、僕の家に戻って、お酒でも飲んでリラックスしよう。いいね? どうかな、良さそうに思わないかい?
「え、ええ…。でも、他は何もなしよ。いいわね? 何と言うか、この前の夜のこと。…あれは何かの間違いだったの。もう、あんなことは繰り返さない。そうでしょう? 別に嫌だったと言ってるわけじゃないの……言いたいのは、そうねえ、私たちはお友達だということだけ。そうでしょう? お友達の間柄を壊したくないでしょう?」
何とでも君が言うとおり。君の言うとおり。
08
ここでは自分がとても場違いな気がする。ここにはいるのだけど、でも……私は他の人とは違う。私は白人ですらない……正確にはそうじゃない。私は例のウイルスには影響を受けないはずだった。私のような男には、通りすぎるはずだった。ここは私の居場所じゃない。
でも、それは私を通りすぎなかった。他の白人ボイと同じように身体が変わってしまったということは、私には白人の血が混じっていたに違いない。そして、今の私を見てみると、この通り……もう一人のラテン系のボイと一緒に裸でごろごろしながら、私たちのオトコが帰ってくるのを待っている。こんなの私の人生じゃないと思いたい。でも、こうする他に何ができるの?
私たちがまだ生きている理由はただ一つ。私たちが役に立てることを証明したから。かつて、私たちは、密輸組織の有能な兵士だった。多分、当時の私たちの仕事ぶりのおかげで、大目に見てもらえたのだと思う。私たちは、エル・ジェフェの私的ボイとなる名誉を与えられた。
少なくとも、他の人のように殺されることはなかった。
09
こんなのイヤ。イヤ、イヤ、イヤ! てか、これはお兄ちゃんのせいじゃないのは分かってる。こうなることをお兄ちゃんが求めたわけじゃないのも分かってる。あのバカなウイルスがすべてを変えたのだし、お兄ちゃんはこの状態に何とか対応しようとしているところ。あたしは、それは分かってる。本当に分かってるのよ。でも、それと同時に、どうしても、お兄ちゃんがあたしの領域に割り込んできて、あたしから横取りしてるように思っちゃうの。
部分的には嫉妬心だと思う。て言うか、部分的なんてどころじゃない……大半が嫉妬心かも。でも、どう言ったらいいんだろ……どうしてお兄ちゃんはこんなにセクシーな格好しなくちゃいけないの? あたしのお兄ちゃんなのに。どうして、こんなことやってるの? どうして、お兄ちゃんは、それまでの行動を変えるのを拒否してる人たちのようになれないの? そういう人たち、みんなも知ってるわよね? 身体のサイズに合わなくなった男物の服を着て駆け回り、マッチョのように振舞おうとしてる人たち。どうしてお兄ちゃんはそうなってくれないの? そうなってくれたら、お兄ちゃんは、あたしの服を借りたりしないんじゃない? そうなってくれたら、お兄ちゃんのせいで、あたしがデートしようとする男たちも、気が散ったりしないわ。絶対に。
つい先週のこと。あたし、男の子を家に連れてきたの。彼、すごくイイ男なのよ。そして部屋に入ったら、そこにお兄ちゃんがいたのよ。素っ裸で。しかも、あの完璧なお尻をこっちに突き出して。まるで誘ってるみたいに。お兄ちゃんは恥ずかしそうな顔をしてたけど、でも、これしょっちゅうあることなのよ! お兄ちゃんは、あたしの人生の妨害をしようとしているみたいなの。
あたし、お兄ちゃんが大好きよ。本当に、大好き。それに、それまでは普通の20歳の男だったのが、こんな格好に……こんなセクシーなボイになってしまうのはショックだったのは分かるわ。でも、少なくともあたしの気持ちを考えてくれてもいいんじゃない?
10
もはや、何から何まで全然、関係ないんじゃない? グレート・チェンジから、もうすぐ2年。政府は、もう、治療法が近々できるなんて取りつくろうことすらしなくなっている。最初は、政府は数ヶ月のうちに解決するって言ってたのに、今は……今は、それについて触れることすらしなくなった。ほとんど政府は諦めたようなもの。
そして、あたしたちの文化は適応した。事件が起きた時、みんな元に戻してくれと大騒ぎしたし、それも、もっともなことだった。あんな短期間に、あんなに大きな変化が起きたなんて、控え目に言っても大変なことだったもの。でも、今は? 今はあたしたちのうちのどれくらいの人が、元の状態に戻りたいと思ってるか、それすら分からなくなっている。
単にセックスだけが理由ではない。それも一部ではあるけど。あたしは、直接的な体験で、男としてセックスするより、ボイとしてセックスする方が、はるかに気持ちがいいと、自信を持って言えるし、そいは、あたしたちの身体がそういうふうに設計されてるからというのも知っている……それこそ、ベル博士が望んだことだから……。ベル博士のウイルスは、そのセックスがどんなふうに感じるかまでは変えていないのに。認めたくはないけど、今のあたしたちはセックス中毒になっている。あたしは、元に戻ることすら想像できないように思う……
でも、セックスの快感以上のものがあるのよ。感情的にも文化的にも、あたしたちはみんな前進してきた。結婚制度は終息した。対人関係も変わった。ボイと男性の間に新しいつながりが形成されてきた。そこには愛情がある。それは間違いない。あたしたちのどれくらいの人が、そのような関係を投げ捨て、またいちからやり直そうとするかしら? あまり多くはないわ……。
11
最後のステップに入るのは、それまでのより辛いはず、とサムは思っていた。しかし、いったん決心した後は、ことはずっと容易く進んだ。実際、どんなことに関してもそう言うものなのだろう。何もかも、とても自然に進んだ。
最初は、グレート・チェンジによって影響を受けた大半のボイたち同様、サムもすべてを否定しようとした。いずれすべて元の姿に戻っていくはずと自分に言い聞かせた。どっちみち、政府の人たちが治療法について研究しているのだからと。でも、何ヶ月経っても、何も変わらなかった。ゆっくりと、しかし確実に、サムは適応していった。
必要に駆られて、彼はガールフレンドの衣類を着始めた。その衣類しか身体に合うものがなかったからである。彼は、変化は一時的なものだと考えていたので、新しい衣類を買う理由がなかったのだった。しかし、すぐには治療法が現れないことがはっきりしてくるにつれて、サムは諦め、適切な衣類を買い始めた。最初、彼は女性的なファッションに顔を背けた。確かに、女性用の服を着ていたが、これは一時的なもので、買う時にはユニセックスな衣類を買い求めた。しかし、しばらく経つと、彼は柔軟になり始め、可愛い彩り豊かなランジェリや普通は女性向きとされているキュートな服を着るようになるまで、そう時間はかからなかった。
そうなると髪の毛を伸ばし、化粧をし始めるのが自然なことのように思えた。他のボイたちもそうしている。それに、その種の努力をすると、男たちに注目される。それが好きになっていた。(ニュースでフェロモンとか性的な惹かれあいについての話しを読んでいたので)それが化学的な反応にすぎないことは知っていたが、だからと言って、男たちに注目されるのが楽しいという事実に変わりはなかった。彼が男たちと寝始めるのは、自然な展開にすぎなかった。
文化的にも、生物的にも、そして精神的にも、それはまさに自然なことだった。
12
5年。私たちの社会が、オマール・ベル・ウイルスの効果に適応するのに要した期間は、それだけだった。確かに、陰謀論は存在する。いわく、政府が非道な手段を用いて、このような社会的変化を人民に押しつけたのだという陰謀論である。さらには、この事件の背後には最初から政府が関わっていて、この事件は恐怖によって人々をコントロールしようとする企みなのだと信じる人もいる。だが、事実は単純なのである。つまり、人類は適応可能だということである。人類が直面することが、自然災害であれ、進化上の不利であれ、人災であれ、関係ない。私たちは、生き延び、適応し、そして折り合いをつけていく。そして、人生は進む。オマール・ベル・ウイルスが大気にもたらされたことも、これらと違いはない。それは克服すべき障害なのであり、そして私たち人類は実際に克服したのである。
克服はしたものの、征服したわけではない。確かに治療法は獲得したが、いまだ、情けないほど非力である。科学者たちはいまだにベル博士の個人的研究を調査しているが、あまり高い希望は持っていない(なお、ベルの研究は、いまだに名前が知られていない秘密の調査官の努力で得られたものだった)。ウイルスの効果は、少なくとも大半のボイにとっては、いまだ存在しているのである。私たちは適応してきたし、いまだ適応を続けているのである。
中傷誹謗をするものは次第に少数になっている。進歩の車輪は回り続けている。もっとも遅れた地域においてすら、ボイたちが自由に自然の本能に従って行動できるようになるまで、そう時間はかからないだろう。しかし、そうなる時まで、私たちはその目標に向かって努力し続けるのである。
13
ずっと前から、あたしは頭が良くなかった。だから、あたしがおバカなことは脇に置くことにしない? あたしは、こと知性に関して言えば、平均以上になったことが一度もなかったと言って平気なの。別に、それであたしは構わないの。一生、肉体労働するとか、レジ打ちして暮らしていくと言われても、別に平気。生活していけるなら、それで幸せなの。
でも、グレート・チェンジが起きたでしょ? あれであたしの以前の世界へのドアが閉じて、同時にまったく新しい世界のドアが開いたの。一方では、この小さくて、弱い体つきだから、肉体労働の仕事はちょっと問題外になった。ええ、小売店とかで仕事をしようとすればできるわ。もともと、それがあたしの元の計画だったし(世界的に大変化が起きていても、支払いはしなくちゃいけないもの)。でも、その時、あることに気づいたのよ……あたしって、とてもキュートだって。
ええ、そうよ。あたしがしていることであたしのことを判断する人はいっぱいいるわ。もちろん、その判断はって言うと、上から目線の判断よ。でもあたしは平気。モラルについて文句つけられても、あたしは変わらないって言いたいわけ。あたしには、何と言うか、スキルがあるの。それを使わなかったらバカでしょ?
もちろん、セックスの話しよ。多分、あなたは、売春はもはやそんなに大産業とは思っていないんじゃない? だって今は、男に対して、たくさんエッチ相手がいるものね。でも違うの。実際まだ売春は大産業。(ちなみに、あたしはエスコートと呼ばれてるけど、自分がやってることについて言い換えなんかしないわよ。あたしがしてることは売春) 特にあたしのようなキュートなボイだと、他の仕事で稼げるよりずっと大金を稼ぐことができるの。だから、何も問題はないのよ。確かにチェンジの前だったら、こんなことをするなんて夢にも思っていなかったわ。でもね、まあ、この通り、あたしは変わってしまったから。今は、身体の仕組み自体から、この仕事をするようにできているようなもの。だから、それを利用することに何の問題も感じていないの。
14
セックス……セックスこそ、人間のすべての行動の源であると主張する人々がいる。それは議論の余地があるが、グレート・チェンジの幕開けにより、性的快感の追及が、我々の文化の最も重要な駆動力であることがますます明白になってきた。
アナルの感度が増したことにより確実になったこととして、これら白人男性たちが、セックスにおいて、女性的で従属的な役割を進んで持つようになったことがある。大半のボイは、自分のペニスを完全に無視し、その代わり、アナルを貫通されることを求めるようになった(もっとも、ペニスは、スケールが小さくなったものの、ほぼ依然と変わらぬ機能を持っている)。このようにアナルの貫通を好むことに加えて、フェロモンの作用が変化したことは、ボイたちに次のように告げたのである。つまり、彼らボイの自然な性的パートナーは、ボイたちが切願する貫通による快楽を提供できる能力の持つ者であると。オマール・ベルが計画したことであるのは確かであるが、その計画通り、ボイたちは、伝統的に女性が担うとされた性的役割とほぼ同一の役割を引き受けたのだった。
当然、その欲望により、ボイたちは否応なく、彼らの自然な性的相手を引きつけるにはどうしたらよいかを考えるようになった。一般的に(ホモセクシュアルの人たちは別とすれば)、男性は他の男性に(あるいは、男性のように振舞う人に)惹かれることはない。それゆえ、ボイたちは女性のような服を着、女性のように振舞い始めた。長い髪、女性的体形を強調する服装、化粧などなど。それらはボイの普通な身支度姿となった。
これらすべて、セックスのなせる業である。
15
「マーカス、どうしてあなたの車を洗うためだけなのに、あたしにこんな服装になれって言ったのか、理解できないわ」
「いや、着たくなかったら、着なくたっていいんだよ、トニー。他の服をびしょ濡れにしたくなかったからなんだろ?」
「うん、たぶん、そう。でも、パパがこんな姿のあたしを見たら……だって、パパったら、あたしが髪を今のようにした時もカンカンに怒ってたの。 男はピッグテイルなんかすべきじゃないって言って。自分の息子が、オカマみたいな格好でうろつきまわるのは許さんって言ってたわ」
「でも、君はどう思うんだい?」
「あたし? あたしは別に…。髪の毛はこういうふうにするのが好きなだけよ。パパも、他のボイたちのようにあたしにも髪の毛を伸ばさせてくれたらいいのにって思うわ。だって、あたし、もう18なのよ? 自分がしたいことはしていいはずだわ。あたしが、ドレスを着て、ハイヒールやスカートを履きたいって思ったら、そうしていいはずだと思わない?」
「君はもう大人だもんな。したいことは何でもできるはずだぜ」
「そうよね。あたしが男とデートしたいと思っても、パパはそうすべきじゃないって言うの。そういうパパは何なのよって思うわ。っていうか、一度、パパがアレをやってるところを見たの。アレって、アレよ……分かるでしょう? ネットで知り合った男とヤッテたの。だから、もしあたしがやりたいと思ったら、どうしてやっちゃいけないのかって思うの。全然、フェアじゃないわ」
「ヤリたいのか?」
「ええ? 男とすること? どうかなあ……友達のカールがね、一度やったんだって。それで……すごく良かったって。だから……多分、いい相手が見つかったら……」
「俺のような?」
「あなた? で、でも、あたしたち友達でしょ……だけど、んー……い、いいわ……」
16
あの子たち、絶対見ちゃいけないはずなのに。春休みで出かけてて、あと3日は帰ってこないはずなのに。お天気のバカ。4月も半ばなのに、こんなに寒くて雨が降るなんて。あたしでも、家に帰ってきちゃうわ。寒いのにビーチにいてもどうしようもないものね。
丸1週間、この家は全部あたしが使えると思っていた。それに、あたしも、あの論争が何についてか好奇心があったのだと思う。友だちも、大半、すでに経験してたから、恥ずかしいことにはならないと。まあ……ちょっとは恥ずかしいかな。つい3年前までは、あたしも普通のヘテロセクシュアルな男だった。男とセックスするなんて、自分がするとは絶対に思っていなかった。分かるでしょう? でもその時、オマール・ベル・ウイルスが放出されて、すべてが変わってしまった。
最初は、みんな、これは一時的なものだと思っていたし、そういうふうに振舞っていた。あの頃、だぶだぶになってしまったスーツを着て、見るからにマッチョな男みたいに振舞おうとしてたけど、今から思えば、信じられないほどバカっぽく見えていたに違いないわ。それに、あたしも、性欲に負けて男たちとセックスをし始めたボイたちをこっぴどく批判したけど、その時のあたしってバカなこと言ってるように聞こえていたと思う。でも、分かると思うけど、変化っていうのは受け入れるのが難しいものなのよ。人事課があたしの似合わないスーツについて「話し合い」をするまで、ずっと変わらぬ服装をしてたのもバカだったわ。人事課の人に言われたっけ。あたしは会社の悪いイメージを出しているって。思うに、あの頃ね。あたしがこの事態はもはや元通りにはならないと受け入れ始めたのは。
でも、それでも……たとえ服装を変えたとしても、あたしは自分の衝動に抵抗していた。本物の男に対する欲望がどんどん熱く燃えてきてたのに、それに屈服してしまいたいという衝動に抵抗していた。それも、子供たちのため。子供たちに、悪い見本を示したくなかった。
さっきも言ったけど、本当に子供たちに見せてしまうつもりはなかった。でも、こんな格好になっていたあたし。裸同然で、本物の男にソング・パンティを履いたお尻を揉まれていた。そこに子供たちが入ってきてしまった。子供たちが素早くドアを閉めて、向こうからクスクス笑い声が聞こえてきた時、あたしは、おどおどした笑顔になっていたけど、他に何ができたと言うの?
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「パパは、しちゃダメだって言ってたわ……わかるでしょ、これをしちゃダメだって。もし、しちゃったら、治療法が出てきたとき、後戻りできなくなってしまうからって」
「おーい、そんなこと言うなよ。そんなの馬鹿げてるよ、ボビー。戻りたかったら、いつでも戻れるさ。ウイルスが放出された2年前に君が変わったのと同じように、簡単に」
「で、でも……」
「それに、君もヤリたいって言ってただろ?」
「ええ、でも……」
「別に無理強いはしないよ。俺はそういうタイプじゃないのは分かってるだろう? 俺が『英語101』の授業で書いたエッセーを読んだよね。俺はベルがやったことに反対してるのは知ってるはずだ。それに俺は、社会がボイたちを、ボイたちが望まないライフスタイルに無理やり押し込めるべきだなんて思っていない。君たちボイは、自分が望む人生を生きることができるようになっているべきなんだ。他の人がそうすべきだって言うのに従わなくていいんだよ」
「あたし……一度だけね。いい? いつもするとかそういうのはナシね? それに治療法がてできたら、あたしはそれを受けるつもり。ただ、今は、何と言うか……」
「分かってるよ。じゃあ、その可愛い口を開いてみるのはどうだ?」
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治療法は、あたしが抱えるすべての問題に対する魔法のような解決方法。そのように思える。こんな感じで。例えば、新しく沸き起こってくる欲望を押さえこむことができないことは、どう? 治療法があれば治る。自分の身体に対する不安感は? 治療法が開発されたら、それについて思い悩む必要はなくなる。お金の問題は? あたしが男に戻ったら、人々はあたしのことをもっと真剣に扱ってくれるだろう。そういうリストはいくらでも挙げられる。でも、それは、はかない夢だ。今はそれが分かる。
正直言って、あたしは治療法を受けるのが怖い。気持ちが行ったり来たりと揺れてるのは、その治療法があたしの身体にとってキツイのではないかと思うから。それに、誰も、長期的な影響がどうなるかは分かっていない。癌や心臓病のような病気にかかりやすくなると言う人もいれば、そんなことはないと笑い飛ばす人もいる。でも誰もが一致した意見になることがあって、それは、誰も確実に知ってる人がいないということ。
実際、おかしな話。誰も、オマール・ベル・ウイルスの良い部分について話そうとしない(実際にはウイルスじゃないのだけど、そんな名前を思いついた)。確かに、あのウイルスで人生がぼろぼろになった人がたくさんいるし、この世界を変えてしまった。でも、その一方で、医者たちが最近、あのウイルスが影響を受けた人の寿命を長くさせることを発見したらしい。再生細胞とか何とか言っていた(それだから、ボイたちが実年齢よりずっと若く見えるらしい)。あたしは、自分がそれを手放したいと思ってるのか確信できてない。たとえ、そうすることで、昔の自分に戻ることができるとなっても、どうしようか迷っている。
でも、最終的には、あたしは治療を受けた。ちょっと皮肉だけどね。あたしは、正しい選択をしようと、ずっと考え抜いてきたけど、いざ治療を受けると決めた時には、ほとんど時間がかからなかった。確かに、5センチくらい身長が伸びてきた。でも、それ以外には、身体は変わっていない。ひょっとすると、このままで変わらないかもしれない……。
19
どうしても我慢できない。抵抗しようとはした。何も変わらなかったように人生を生きようとした。でも、うまくいかない。いつも、戻ってきてしまう。1年? 2年? どれだけ長く、本物の男のように生きようとしてるかなんて関係ない。あたしは今のあたしを否定できない。
スーツを着ている。髪を短く刈っている。6年前になるグレート・チェンジの前にそうしていたように、大股で歩いている。当時、あたしは、この都市で最も有望で、出世街道まっしぐらの若手弁護士だった(しかも、まだ25歳の)。でも…まあ、グレート・チェンジの時に、あたしもちょっと精神的に問題を抱えてしまった。自分を適応させることにトラブルを抱えた男たちがたくさんいたし、あたしも例外ではなかった。クライアントとセックスをしてるところを見つかり、あたしは仕事(とライセンス)を失った。でもね、それって、あたしの責任じゃないの。医者たちがみんな言ってる通り、最初、変化を始めた時、あたしたちボイのリビドーはオーバードライブ状態になったの。どうしても我慢できなくなるのよ。そして、あたしの本能の方が勝ってしまったと。
次の1年は、何が何だか分からない状態だった。自分が行ったことで何一つ自慢できることはないけど、おカネだけはあった。それに、まあ、あの過剰に活性化してたリビドーも消えてなかったし。でも、その頃のことは飛ばそう。会社があたしを仕事に戻してくれた時へと進むことにしよう。
ライセンスを剥奪されていたので、もはや法律関係はできなかった。会社はそこまでやってくれる気はなかった。でも、その代わり、国選弁護人の事務所で弁護士補助の仕事を紹介してくれた。給与は良いと思う。それに、あたしは仕事ができる。資格的には充分すぎるあたしだったし、仕事は有能だ。
でも、あの衝動は変わらず生じ続けている。また、見つかってしまうのも時間の問題だと分かっている。だけど、やめられない。男を見ると、いつも、ムラムラしてしまう。それに、男たちの方も、みんな、大喜びであたしの欲求を満たしてくれるし……職を失ってもどうだっていうの。あたしたちが罰から解放させてあげた男たちは、あたしが解放してあげる(言ってる意味が分かればの話しだけど)。じゃあ、罰から解放させてあげなかった男たちには? まあ、夫婦面会という手がいつでもあるのよ。分かるわね?
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10年が経ち、新しい世代が成長してきた。これは重要なことである。というのも、これらのボイは、今の世界と違う世界をまったく知らないからだ。確かに、かつての世界をぼんやりと覚えている者はいる。それに古い映画を見たり、古い写真を見たりすることもあるだろう。両親や祖父母から、白人の少年が白人の男性に成長した時代の話しを聞くこともあるだろう。だが、新しい世代のボイたちにとっては、それはファンタジーにすぎないのである。
確かに、白人男性は存在する。治療法は、かろうじて、わずかながらも効果を発揮している。だが、彼らは小さなマイノリティであり、多くの場合、差別や性的迫害の対象となっている。白人男性の仕事はわずかであり、大半は、有意味な人間関係を築くのにトラブルを抱えている。どうして、そのような人生を選択するのか理解するのは難しいが、それを選ぶ人はいるのである。そして、私たちは、そういう彼らにも人生においてフェアな機会を提供しようと頑張っているところだ。
非常にワクワクする時代になっている。これから2年ほどの間に、私たちは、白人の両親から生まれる子供たちが、かつてのように男性に成長するか、思春期に達した時に女性的なボイの仲間になっていくかを知ることになるだろう。それは、この社会の未来の方向を決定することになるだろう。
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「どうかしら?」
「すごいよ! 本当に素晴らしいよ、フランキー」
「そう思う? おバカっぽく見えない?」
「もちろんだよ。おバカだなんて全然。君は……君は最高だよ。そうなるって前から言っただろう? 今なら、私の言うことを信じるね?」
「ど、どうかなあ。どんなだったか、よく覚えていないの。覚えてはいるけど、ちょっと、ぼんやりしていて。あれが起きた時、まだ10歳だったし、それに、あたしは思春期になるまで、実際変わらなかったから。でも、まあ、その後のことは知ってるでしょう? でも、ママの振舞いとか、ママがあたしの着るものを決めたとか、いろいろあったから、あたしは、自分でない何かになろうと8年間丸まるもがいていたような感じ。そういのって意味がある? ていうか、去年、ママが髪の毛を伸ばしてもいいって言ってくれて、ビックリしてるの」
「その髪の毛、素敵だね」
「ありがとう。他のボイたちが可愛い服を着て、男の子とデートに出かけるのをずっと見続けてきたわ……ロッカールームで回りを見渡すと、他のボイたちがみんな可愛いパンティを履いているのに、自分だけトランクスを履いているってどんな気持ちになるか、想像できないでしょうね。ホント、ひどかった」
「でも、もうこれ以上、心配しなくていいんだよ。君は18歳だ。君のお母さんは家にいるけど、君はここに来ている。もう、お母さんは君にあれこれ指図はできないよ。君は、とうとう、ずっと前からそうなるべき、れっきとしたボイになっていいんだよ。」
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あたしたちが新しい役割をこれほど全面的に受け入れたのはなぜなのか、それについての様々な理論は耳にしてきた。グレート・チェンジから10年近く経過し、治療法も簡単に手に入るようになったにもかかわらず、それでも、あたしたちの大半は、男性に戻るのを見合わせている。あたしたちはずっと前からこうなる運命にあったように思え、ベル博士は、長い間、眠っていた遺伝子を活性化しただけにすぎないのではないかとも思える。
確かにセックスの面があるのは明らか。あたしたちは皆、何をしたいか、何を求めているかを知っている。結局のところ、あたしたちは男性に性的に惹きつけられるように身体が設計されているのだ。その大部分はフェロモンによるのだけれど、性的快楽に結びついた部分が大きい。男としてセックスすることと、ボイとしてセックスすることは、比較にならない(もちろん後者の方がはるかに快感の度合いが高い)。だが、そのこと自体では、大半のボイがセックス相手にフェラチオをするのを心から喜ぶ事実が説明できない。少数とは言えない数のボイたちが、フェラをすることがアナルにセックスされるのと、ほぼ、同じくらい気持ち良いと言うのを聞いてきた。あたしの場合は……まあ、嫌いじゃないとだけ言っておこう。その味や、口に含んだ時の感触や、舌触り……それは非常にエロティックで、そのことを思っただけで、アナルがびちゃびちゃに濡れてくる。
あたしには分からない。ただ、あたしたちはずっと前からこういう存在になるようにできていたのではないかと思っている。オマール・ベル・ウイルスの有無にかかわらず。
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「ほんとに、これ、バカっぽく見えてない? 何て言うか、ママがあたしがこんな格好になっているのを見たら、気が狂っちゃうと思うから」
「バカっぽい? お兄ちゃんとして言わせてもらえば、全然、そんなふうには見えないわ。あなたは美しいの。ジャマールも、そのパンティを履いたあなたを絶対に気に入ると思うわ」
「アレって、痛いの? 保健の授業では、痛いこともあるって言っていたけど。ボイが初めてアレをするときのことね。それに、彼のあれってとても大きいから。あんまり大きくて、全部を口に入れることもできなかったわ」
「2年前に初めてしたとき、確かに痛かったわ。あたしは19歳だった。だから、今のあなたより何ヶ月か年上だったわね。それにとても怖かった。当時は今とは違っていたから。治療法もなかったし、それに、そういうことについて、まだ偏見が残っていたから。ボイが男と付き合うのは認められていたけど、でも……よくわからないけど、今とは違ってたの。当時は、人々は、何も変わらなかったかのように生活しようとしていたのよ。分かるでしょ?……ママが思ってるような生き方」
「その人の名前は?」
「ディボン。彼とは親友で、一緒に大きくなったの。グレート・チェンジの前、彼と野球やフットボールをして遊んでいたのを覚えているわ。でも、ふたりが思春期を迎えると、すべてが変わった。彼はどんどん大きく、強くなっていって、あたしも、別の面で、成長していった。どの男たちもあたしを求めたけど、あたしはディボンだけが欲しかった。そうして彼と結ばれたの」
「その後どうなったの?」
「彼はフットボールの奨学金を獲得して、国の反対側の大学に行ってしまった。2年くらい前。彼とは音信不通。でも、あたしは今でもあの時のことを思い出すの。でも、あたしのことはそれくらいで充分。あなた、本当にアレをしてみたいの? 本気で、初めての相手をジャマールにと決めてるの?」
「あたしと彼、アレ以外はほとんどすべて、もうしているの。それに……あたし彼のことを愛してるし。ええ、やってみたいと思ってるわ」
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彼らは変化に非常にうまく適応してきた。我々も、その適応を推進すべく非常に多くのことを行ってきた。そして、それらはうまく作用しているように思われる。それらは悪事と言えるし、道義的に良くないことではあるが、何より、絶対に必要なことでもあったのだ。最初、グレート・チェンジが発生した時、社会不安がひっ迫していた。住民は、極度のパニックに陥る瀬戸際になっていた。メキシコで暴動が発生した時、我々は何かしなければならないと思った。何と言っても、メキシコの場合、ラテン系男性のごく一部が影響を受けただけだったのだ。にもかかわらず暴動が起きた。合衆国の場合は、はるかに多くの住民が影響を受け、ボイになっていたのである。
計画を案出するのはそれほど困難ではなかった。すぐに治療法が見つかることはないのは知っていた。そのため、我々は、住民に変化を受け入れるよう促す他、手立てはなかった。だが、どうやって? 大群の男性たちに、どうやって、ジェンダーの役割や、体形や、性的ライフスタイルにおける突然の変化を受け入れるよう、説得したらよいのだろうか?
我々は、まず手始めに、人気の衣料メーカーに新しい生産を始めるよう、補助金を出した。新しく変化したボイたちを市場ターゲットにするよう促したのである。最初、衣料メーカーは、紳士服とほぼ同じではあるが、新しいボイたちの身体に合うようにしつらえた衣類を作った。だが、その最初の1年のうちに徐々に、そのスタイルは次第に女性的なものに変わっていき、最後には、婦人服とほぼ区別がつかないような衣類になった。もちろん、レーベルは異なっていた。メーカーは、これは婦人服とは違うという幻想を与える必要があったから。
その後、我々は、新しいライフスタイルを選んだと「カミングアウト」した有名人や元スポーツ選手たちに、宣伝を行うよう促した。有名人の黒人男性と白人ボイを選び、肉体的交際があるとでっち上げをしたこともわずかにある。もちろん、その目的は、変化を恒久的なものとして受け入れることを社会的に認めさせることであった。変化をコントロールすることに関して、ハリウッドは当初から素晴らしい道具として機能してきている。
社会の思惑が変化した後、最後に我々は法的措置を導入した。男性と白人ボイが結婚することを合法的とする措置である。加えて、ボイの新しい立場を反映させるため、学校や公的な場所におけるトイレについての規制を変更した。施設的に考えて、トイレ等はボイたちにとって悪夢の場所となっており、たいていの場合、彼らは女性用の施設を使用せざるを得ない状態になっていたからである。
そのような手はずを行っている間も、変化を受け入れようとしない人々も存在していた。彼らに対しては、治療法を提供した。実際には、現在の治療法は必ず成功するというわけではない(おおよそ30%の成功率である)。だが、それを提供することにより、彼らに自分の意思で選択したのだという幻想を与えることができる。そして、その幻想こそが、国民をコントロールするものであるからだ。治療法とはそういうものだと思っている……。
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それは富と権力の印。つまり、他の多くの人々が手にすることができないものを手にすること。それこそが興奮をそそるものだと思う。そして、それに加えて、あたしが2本の大きな黒ペニスを自分だけのものにしているという事実も興奮をそそる。1本は口に頬張り、もう1本で後ろから突かれる……それを考えただけでアナルが濡れてくる。
売春は永遠になくならない。売春がもっとも古い職業と言われているのも理由がないわけではない。だけど、グレート・チェンジの前は、その仕事は大きく見て女性に限られていた。確かに、セックスをしておカネをもらっていた男性はいたが、それはまれだった。だが、オマール・ベル・ウイルスは、性に関わる人口編成を変えることにより、それを変えたのである。
実際、その理屈は単純。男性の数に比べて、女性とボイの数がはるかに多くなったということ。人口が増えれば、それに応じて富裕層も増え、それゆえ、男性の相手に対して多額のおカネを払う裕福な女性やボイがたくさん増えたということ。もっと裕福な者たちは支払う男の相手を複数にすることもできる。あたしのようなボイにとって、それに勝る楽しみはない。
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「本当に、誰もあたしたちに対して何も言わないかしら? ティム」
「誰も何もしないわよ、ケイシー。もう、あれは終わりなんだから。あたしたちボイは、もうビーチでトップをつける必要がなくなったんだから。あの新しい法律が通ってからはね。あなた活動家でしょ? どうなの?」
「ま、まあ、活動家だけど……でも、とても露出している感じ。みんなに乳首を見つめられてる感じがするわ」
「見せてやればいいのよ。連中が見つめれば見つめるほど、あたしたちが女じゃないことが分かるわけだし。あたしたちにはおっぱいがないの。だからトップレスでいても全然、わいせつじゃないのよ。あたしたちにトップをつけるように強いたあの古い法律は、ひどく、性差別主義的な法律だったの。みんなはただそれを受け入れていただけ。あたしは……」
「演説はもうそれくらいにして、いいわね? あたしは、ちゃんとトップレスでいくつもり。ただね……それにはちょっと慣れる必要がありそうって、それだけなんだから」
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あなたはこれに慣れる必要があるわ。あたしを見て。本気で見て。あなたが何年も目を背けてきてるでしょ。それにあたしもあなたも無視しようとしてきた。でも、これは消えてなくなるわけじゃないの。本気でこれについて話し合わなかったけれど、わたしもあなたも、治療ができるようになったら、何もかも普通の状態に戻ると想定していた。でも、実際にとうとう治療法が出てきて、それを受けたわけだけど、この通り、うまくいかなかったのよ。
そんなわけであなたがこの1年ずっと落ち込んでいたのは知っている。いや違うわね。グレート・チェンジが起きてからのこの10年ずっと、このせいであなたが落ち込んでいたのは知っている。見て、あたしは30歳。あなたは29歳。あたしは昔のようになりたいと思ったけど、でも、どう見てもあたしは高校を出たてのような姿だわ。あなたを幸せにしたいとホントに心からそう思っていたけど、そうはならないと日に日に明らかになって来たのよ。
いろんなことを試したわよね? ストラップオンとかディルドとか3Pとか。どれもうまくいかなかった。あたしはあなたのことをすごく愛しているし、あなたもあたしのことをすごく愛しているのは分かっているけど、こんなことを続けていても改善しないと思う。ふたりとも性的フラストレーションが溜まりに溜まっていて、もうどうしようもなくなってるのは明白だわ。ふたりとも、こんな気持ちになっていることに罪悪感を感じているのは分かるけど、でも、何も変わりそうにないのよ。あたしたちは元のように戻ることはないの。それを言うのは辛いけど、でも、真実なの。言わなくちゃいけないことなの。
なので、あたしが言おうとしていることはと言うと、もう離婚すべきじゃないかってことだと思うわ。あなたの最初の反応は、たぶん、反対ってことになるか、あたしに気持ちを変えてと懇願するかだとおもうけど、でも、あなたの顔を見れば分かる。本当は、それに同意してるって。あたしと同じくらい、あなたも離婚を求めているはず。もちろんあなたを愛しているわ。本当に。ただ、あなたとは愛しあう関係にはならなくなったということだけ。あたしたち、今は前とは違う人間になったのよ。
(おわり)