ifap_63_an_example
マーカスは元の上司からどうしても目が離せなかった。彼の元上司はこの街で最も権力のある人物のひとりだった。「し、信じられない。どう見ても、まるで……」と彼はつぶやいた。
「自分がどう見えているかは知ってるわよ」 と元地方検察官のルーカス・グレースは言った。「自分がどんな人間になっているかも」
「で、でも……」
「そして、それはあんたのせい」とルーカスは続けた。「あんたが自分自身にどう言ってるのかは知らない。毎晩、自分自身にどう言い含めて納得し眠りについているのかも知らない。だけど、私はあんたが何をしたかは知っている。あんた自身の行いが理由で私はここに来た。そのことも知っている」
「分からない」とマーカスは声を震わせた。「どうしても、分からない。あいつらが……」
「あんたは、あいつらが私を殺したものだと思っているんでしょ。それが都合がよかったものね? 違う? それで、夜も安心して眠れると、そう思ったんでしょ? はっ! だけど、これは……」 とルーカスは自分の左右の乳房を握って見せた。「これは一線を越えてる。そう思わない?」
「あ、あいつらは、あ、あなたに手を引いてもらいたかっただけかと……」とマーカスは言った。「あなたを脅かしたかっただけだと。事情を察してもらおうとしていたと……」
ルーカスは笑い出した。かすれた笑い声だった。「ふん、事情ねえ。それって笑える。もっと言えば、あんたが犯罪者どもに寝返るのが理にかなっていると思ったこと自体、悲しいわ。罪人どもに寝返って、わいろを受け取って、脅迫に屈服する。それが事情ってやつなの? マーカス、あんたはこの世界を悪くしている存在よ。あんたはそれを自覚してるのよね? 本当は?」
「でも、ルーカス、俺は……」
「私はもはやルーカスではないわ。クラブでは、私は今はラティーシャとかダイアモンドだわ」
「あ、知らなかったから……」
「連中が私をこんな姿にして、見せしめにしたことを知らなかったかもしれないわね。あいつらが私に手術を受けさせたことも、ホルモンを取らせたことも、ありとあらゆることをさせたことも。全部、知らなかったかもしれない。そもそも、知りたくなかったことでしょ、マーカス? だけど、あんたは、私に何か起きるだろうとは知っていた。あんたは、あいつらにカイラの居場所を教えたその瞬間、私の運命を決定づけたのよ。私はカイラのことを連中に知られたくはなかった。それは許せなかった。私はカイラの本当の生活は知らなかったかもしれない。だけどカイラは私の娘なの。娘を安全に保つためなら、私は何でもする」
「ど、どうすればいい? 俺に何かできることがないか? どうすれば、この償いができる?」
「償い?」 ラティーシャが訊き返した。「それは無理。だけど、あんたがいま気にしていることのうち、一番、楽そうなのが、その償いってやつなんでしょ。いい? マーカス。あんたはあの昇進を受諾するべきじゃなかったのよ。いま、あんた、ギャングたちに強硬な姿勢をとってるわね? あんた、罪の意識から、あんな強硬な姿勢をとってるんじゃないの? 連中への追求の激しさと言ったら、殊勝なことと言いたくなるほど。だが、私と同様、あんたにも弱点がある。コネチカットに住んでるお前の母親とか。LAにいる妹とか。いとことか。連中にはそいつらの居場所を突き止められる。そして、散々いたぶって、殺すことになるでしょうね。あんたが見せしめになるのに同意したら話は別だけど。あんたが私のようになるなら、話は別だけど」