ifap_63_stupid_beautiful_love
時々、その価値があったのかと考えてしまうことがある。その疑問を頭に浮かべてしまう自分自身が嫌いだけど、どうしても考えてしまう。彼女の病気がぶり返してしまったのを知っている。あたしが決断をした時ですら、彼女は再発してしまうだろうと思っていた。僕がサポートしても、彼女は足掻き苦しんでいたし、まして僕がいなかったら、彼女は立ち直るチャンスすらなかった。でも、僕には他に道がなかった。あんなにたくさんのことが並んでいたので、拒絶することなどできなかった。それは知っている。心の奥底では知っている。だけど、それを知っていても、この事態に我慢することが楽になるわけではない。僕の人生が生きやすくなるわけではない。
こんな事実を知らなかったら、どんなに良かっただろうと思う。彼女をあの依存症から逃れることを助けることができていたら、どんなに良かっただろうと思う。ずっと長い間、僕は彼女を助け出せていたと思っていた。だけど、今は、僕は知っている。彼女は単に僕から依存状態を隠すことが上手になっていただけなのだと。あるいは、僕の方が彼女の依存状態から目を背けることが上手になっていただけなのかもしれない。結局、否認するということが最悪なのだ。特に、それが愛する人にかかわることであると、そうなのだ。
そして、僕は彼女を愛していた。心から愛していた。他の何よりも、彼女のことを。彼女は僕が求めるすべてだった。聡明で、美しく、楽しい人。そして彼女と僕は完璧なカップルだった。真の意味でふたりは結びついていた。ほとんど霊的とすら呼べるレベルで結びついていた。こんなことを言うと、うさん臭く聞こえるのは分かっているけど、ふたりは魂の友どうしだった。そうなるように運命づけられていたとのだと。それはしっかりと分かっている。この世界についての事実について知っているのと同じくらい、しっかりと。本当に。そして、それゆえに、いっそう彼女の問題に耐えることが難しくさせていた。いや、ほとんど不可能と言ってよい。
薬物に依存する人もいれば、アルコールに依存する人もいる。ヘザーの場合は? 彼女はギャンブルが好きだった。いや、もっと正確に言えば、彼女はギャンブルをしないといてもたってもいられなくなる、しかも奥深い心理的なレベルでそうなってしまうのだった。一度、彼女はその心理状態を僕に説明しようとしたことがある。それは、精神的なエネルギーで、絶えることのなく蓄積し続けるもの。正しいカードを引きさえすれば、正しい数を当てさえすれば、正しい馬に賭けさえすれば現実のものとなる希望や夢や願いが、波のように引いては打ち寄せてくる心理。勝てば勝ったで、それも悪いのだけど、負けると、いっそう厳しい現実が襲い掛かってくる。ヘザーは、いくらお金をつぎ込んだか自覚していた。そして、それゆえ、最後には、取り戻すための唯一の方法は、なお一層深みにハマることだと自分を納得させてしまうのだった。
彼女はそれから逃れようとはした。彼女とふたりで、ギャンブルのことを忘れさせようと実に多くの時間を費やした。しかし、依存というのは簡単に逃れさせてはくれないものなのである。思うに、ふたりとも、この問題は永遠に続くだろうと思っていた。ヘザーも僕も、心の奥では、彼女はギャンブルから逃れることは決してできないだろうと思っていた。あれだけ努力していても、彼女はすぐにポーカーやカジノに戻ってしまうだろうと確信していた。端的に言って、ヘザーはやめられないのだった。
彼らがやってきた時、びっくりしたと言えたら良かったのにと思っている。実際は、驚いてはいなかった。避けられない結末だと思っていた。ヘザーは、狂気じみた額の金銭を、あの種の人間たちから借金していたのだった。連中に乱暴に引き連れられながら、ヘザーは懇願していた。必死に懇願していた。僕も声を上げ、彼らと戦おうとした。だが、彼らはいとも簡単に僕を跳ね飛ばした。
「何でもするから!」と僕は叫んだ。声がかすれていた。男がふたりヘザーを部屋から引きずり出すのを見ながら、頬を涙が伝うのを感じた。「どんなことでも! 何をしてほしいか言ってくれ!」
あの時、あの男たちが僕のことを無視していたら、僕はどうしただろうと思うことがある。警察に行ったかもしれないが、この街では、警察はあてにならないのが常識だった。だが、あの時、男たちは僕の訴えを無視しなかったのだった。多分、借金を取り戻す可能性を見つけたのだろうと思う。その点に関して、ヘザーでは役に立たないが、僕だったら役に立つかもしれないと。
ふたりの乱入者のうちのひとりが、唸り声をあげ、何かよく分からない反応を示し、僕の方を振り返り、そして僕の腕をつかんだのだった。ひっぱりあげるようにして僕を立たせ、そして外に待っていたバンに僕を引きずり込んだのだった。僕とヘザーを乗せ、バンが動き出す。ヘザーは僕から目を背けていた。僕は彼女をなだめようとした。すべてがうまくいくよと伝えようとした。でも彼女は恥や悔しさからか、何も聞いてくれなかった。数分後、バンが止まり、僕たちはある大邸宅へと案内された。そこに入ると、男たちは僕とヘザーを床にひざまずかせた。
さらに数分、その姿勢のままでいると、あの男が入ってきた。この男がすべてを仕切っている人物だとすぐに分かった。振る舞い方に独特の雰囲気があった。従わざるを得ない気持ちにさせる男だった。ハンサムではなかったが、その魅力は否定できなかった。パワフルな男と言えた。そして、彼は僕のことをじっと見つめ続けたのだった。その眼差しは、あまりにドキドキさせる眼差しだった。何かある種、称賛するような目つきだった。その時は、僕はそれをどう理解してよいか分からなかった。でも今は完全に理解している。
それから間もなくして、僕は、僕が10年かかっても稼げそうもない多額の借金をヘザーが抱えていたことを知った。ヘザーは、そのカネを捻出できなければ、完全に返済し終えるまで、売春宿で働かなければならないだろうと。ヘザーは泣き叫んで懇願したし、僕も同じことをしたが、男たちは無表情のまま、冷たい目で僕たちを見るだけだった。ただ、ボスと思われる例の男が僕にある提案をしたのだった。僕にヘザーの身代わりになることも可能だと言ったのだった。僕に彼の女になれと。プライベートな女に。そうなると、僕は自分の生活と男性性を失うことになるが、すべては許されることになると。ヘザーも自由になると。
僕はためらいすらしなかった。僕は立ち上がり、胸を張り、顎を突き出して誇らしげな姿勢になって言った。「それで彼女が安全になるなら、どんなことでもする」と。
そして、その通りになった。彼女も自由になった。2年間、女性化が進んだ。手術からホルモン摂取に至るまですべてが行われた。そして今は僕は彼の個人的な愛人となっている。そうする価値があったのだろうか? 理性的に考えたら、たぶん、答えは否定的だろう。だけど、論理は僕の決心とは何の関係もない。関係があるのは愛情だった。そして、愛というのは、時に、人に愚かなことをさせるものなのだと思う。