
62_hiding in plain sight
「ダメ、こんなのできない。僕はまだ準備ができてないよ。本当に、まだだから」
「大丈夫よ、あなた。気を楽にして。深呼吸するといいわ。大丈夫だから」
「大丈夫? どこが大丈夫なの? どうすれば大丈夫になるの? みんな、もうすぐ、あと1時間くらいしたら、ここに入ってくるんだよ。そして、みんながここに来たら、僕の人生は永遠に変わることになるんだよ。ふう……。別の人生か。それに気楽にしてって言うけど、ほんとに正気で言ってるの?」
「本気よ。大丈夫だから。まず、ちゃんと残りのコスチュームも着たら、その胸が偽物だって分からなくなるから」
「ハンナ、おっぱいがあるのよ! 誰も信じてくれないわ、いくら言っても……」
「これは偽物だし、お化粧のおかげだって言っても? いや、信じてくれるわよ。残っているバニーガールのコスチュームを全部着たら、完ぺきになるから、大丈夫。テープとかを使って、わざと強調してもいいんじゃない?」
「そんなのうまくいかないよ。本当に」
「いえ、うまくいくわ。誰もその手のことを考えたいと思っていないから。みんなは大笑いするでしょうね。そして、すごいコスチュームだねって言うと思うわ。多分、明日はみんなあなたをからかうでしょう。それに、確実に噂話が広がる。でもね、本当の秘密は、わざとそれに似たことをバラした方が安全なの。あなた自身が胸を張って女装を誇れば、かえって、本当に女の子の体になっているという秘密は守れることになるのよ」
「本当にそう思う?」
「もちろん、そう思ってるわ。でも、分かっていると思うけど、別の道を選んでもいいのよ。つまり、ある時点で、本当にカミングアウトする道。いずれにせよ、じきに、あなたが変身した姿で公の場に出なくちゃいけなくなる時が来るわ。すでに、その胸の盛り上がりをスーツの下に隠すのに苦労しているでしょ? カミングアウトするのが早くなるか遅くなるかだけの違いよ」
「いや。今はダメ」
「じゃあ、いつなの?」
「分からないわ。でも、今はダメ。いいわね? 今日はダメ」
「分かったわ。でも、いつまでも先延ばししてるわけにはいかないわよ? いつまでもみんなに嘘をつき続けるわけにはいかないの。いつかは、みんなに本当のことを言わなくちゃいけない日が来るわよ」
「それは今は言わないで。ともかく、今日はカミングアウトしないからね。明日もしない。さっき言ってたテープを持ってきてくれる? 着替えをしてしまわないといけないから」
「あなた、とても素敵よ。自分でもそれは分かっているんでしょ? あなたは、何も隠すことなんてないの」
「今はそれが重要なことじゃないわ。分かってるくせに。ともかく、着替えを手伝って、ハンナ。これをやり過ごすのを手伝って」
「もちろんよ。手伝ってあげる。妻ってそういうことのためにいる存在なんだから」