
64_a deal 「取引」
「マジで、このカスを着ろって思ってるわけじゃないよね? バカみたいになるじゃないか。それに僕を女の子と思う人なんか誰もいないよ」
「本気で言ってるのか? ジャック、鏡を見てみたか? そのウィッグと化粧のおかげで、君のことを少しでも男かもしれないと思う人がいたら、むしろ、その方が俺はびっくりするよ」
「それは誉め言葉と取るべきなのか、侮辱されたと取るべきなのか分からないなあ」
「誉め言葉だ。お願いだよ、ジャック。これをしてくれないと困るんだ。うちの母親がどうなるか分からないんだよ」
「君のお母さんは高圧的そうだからな。母親はたいていそんなもんだ。それでも、僕にはなぜだか分からないんだけど……」
「話したはずだぜ、ジャック。母親は止まらないんだ。年がら年中、俺に、ガールフレンドができたかとか、いつになったら結婚するのかとか、いつになったら孫の顔を見られるんだとか訊いてくる。それで、先月、母親に、女の子を家に連れてきて会わせるよと言ったら、すごく嬉しそうな顔をしたんだよ」
「だけど、その後、フェリシアとは別れてしまったと。ああ、それで理解できたよ。お前が計画していることが分かった。つまり、なぜ僕がここに呼ばれたのかの理由な。でも、どうしてお母さんに本当のことを言えないんだ? そのわけが分からない。お母さんは分かってくれるんじゃないのか?」
「説明しても、たぶん母は僕が最初から嘘をついていたと考えると思う。君は実際にうちの母に会ったことがないから分からないんだよ。ともかく、この夏の間、僕が正気でいられるには、これが唯一の方法なんだ。頼むよ、ジャック。僕たち親友だろ? 親友というのは互いに助け合うものだろ?」
「でも、これは親友の領域をかなり超えてるし、それは分かってるだろ?」
「さっきも言ったけど、大丈夫だよ、ジャック。それに、君も、案外、こういうの気に入るかもしれないし」
「ああ、それはどうかなあ」
「試してみる前に拒むのは良くないよ。ほんと、頼む。この夏だけでいいんだから。ひとつ僕に貸しを作ったと思ってくれていいから」
「貸しはひとつじゃ済まないと思うけどね。来学期はレポート課題全部、僕の代筆しろよな」
「いいよ」
「それも全部B以上」
「オーケー」
「あと寮の掃除も」
「何でも言ってくれ」
「よし。ソレならやろう。本当にうまくいくとは思えないけれど」
「うまくいくって。それに面白いって。やってみれば分かるって」