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64_Better late than never 「言わないより、遅れても言った方がまし」
「何ということだ」 リックはあたしの裸の体を見つめた。彼の眼はあたしの過去を示す証拠にくぎ付けになっていた。あたしは笑顔を保ち続けた。できれば、そこは無視してほしい、見過ごしてほしいと願いつつ。
もっと早く言うつもりだったけれど、いつも今は適切な時ではないように思えた。それに彼を失うのが死ぬほど怖かったし。ああ、彼がそれを知ったら、すぐにあたしから逃げてしまうといつも恐れていた。いや、もっと悪いことになるかも、と。もっとずっと悪いことに。
以前、ある男性に、あたしがその人を騙そうとしていたと責めたてられ、ひどく殴られたことがある。路上で、傷つき血だらけになって倒れながらも、あなたの方があたしに言い寄ってきたんじゃないのよ、って指摘したかった。あなたが惹かれた相手がトランスジェンダーの女の子だったからって、あたしが悪いわけじゃない、って。でも、あたしは言わなかった。その男の偽善性に文句を言う勇気があたしにはなかった。
でも、そういう性差別主義的なコインにも表と裏があって、あたしは裏の面も経験してきた。男性の中には、あたしのまさにアノ側面を必要以上に気に入る人もいた。そして、それは、しばらくの間は、あたしにも楽しいものだった。あたしの脚の間についているモノで必要以上に崇拝されるのだけど、それが気分が良いと思ったこともあった。でも、そんな関係は本物じゃない。相手のフェチの対象になっているだけ。ちゃんとした人間同士の関係とは言えない。
「も、もっと早く言うべきだった」とあたしは言った。内心、彼はあたしの脚の間にあるモノなんか気にしない、100万人にひとりの男性でありますようにと祈っていた。あたしの本当のあたしを見てくれる人でありますように、と。あたしのことを普通の女の子として見てくれますように、と。
彼は落ち着かない様子であたしから目を背けた。「ああ、そうだよ。君は言うべきだったんだよ」
「ごめんなさい。あたし、どうしても……」
彼は急にあたしの方へ振り返った。あたしは彼のこぶしが飛んでくるかもと半分予想し、身を屈めた。「こういうことはやめるようにしよう、いいか? つまり、喧嘩なんかやめだ。君はずっと前に俺に言うべきだったということだけ認めてくれ。そして前に進むんだ、いいか?」
「と、というと、これでもいいの?」
「そんなので何も変わらないよ」 彼の声は前とは違って辛辣な、怒った調子ではなくなっていた。いずれにしても、あたしが最初に彼のことを疑ったということに、ちょっと腹を立てているようだった。
「いいか、もう二度と俺に嘘をつかないでくれ。俺は君のことを愛しているんだ、トリッシュ。本当に。でも、嘘をつかれるのも許せないんだよ」
「あたしも嘘をつかれるのはイヤ。誓うわ、もう二度とあなたに嘘は言わない」