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64_Digging deeper 「深みへと落ちる」
彼女がボクにペニス拘束具を取り付けた時、こんなの間違いだと思った。でも、当時は、これは一時的で、すぐに外されるだろうと思っていた。あのプラスチックの拘束具をつけられ2週間ほど過ごしたら、後はすべて普通の状態に戻るだろうと。彼女はボクがしたことを許してくれて、元通りの普通の夫婦に戻れるだろうと。それは夢としては良いけれど、決して実現しない夢だと分かったのだった。
何日かという話が、何週間かに変わり、何週間かという話が何ヶ月かに変わった。彼女が拘束具を外してくれるのは、体を洗う時だけだった。最初は、拷問のように感じた。嫌で嫌で仕方なかった。不快そのもので、そう感じる理由はいくらでもあげられる。身体的な面で言えば、いつも、拘束具の存在を意識せざるを得ない状態にさせられる。その器具が局部の肌を擦る感覚に慣れた後ですら、その重さはいつも感じていた。あの器具があることを常に知らされる。では心理面では? 自分の妻に拘束具をつけられ、性欲をコントロールされていると思い知らされることは? それは、極度に去勢された気持ちにさせることだった。
そして、妻に家の中では彼女のランジェリを着るように言われてからは、事態は悪化の一路を辿った。ペニスをプラスチックの拘束具に締め付けられ、家の中では網ストッキングを履いて歩き回り、妻に「可愛い子ちゃん」といったペットを呼ぶような言い方で呼ばれる。そういう状態で自分は男だという気持ちでいることは難しい。さらに、妻に何ヶ月もビタミン剤として与えられてきたものが、実は、女性ホルモンだったのだから、男でいることはいっそう難しいものになっていった。
それを知ったとき、その場で家を出るべきだったと思う。本気で拘束具を外したいと思えば、外す方法がなかったわけではない。だけど、正直な気持ちで言うと、一年近く、そういう状態を続けていた後では、むしろ、完全に自由になることを少し恐れていたと思う。もし彼女が正しかったら、どうなるだろう? もし、ボクが本当に自制心の効かない人間だったとしたら、どうなるだろう? なんだかんだ言っても、ボク妻を裏切って、浮気をしてしまった人間だ。彼女の怒りも落胆も、当然のことだった。そして、その頃までには、ペニス拘束具をつけていることに、多少、居心地の良さを感じ始めていた。
もちろん、ボクは妻を愛してもいたし、妻にはボクのことを自慢にしてほしかったし、ボクのことを愛してほしいとも思っていた。だとしたら、拘束具を外したらどうなるのだろう? 外してしまったら、妻に愛されるなどありえないと思えた。だからボクは家に留まり、自分の運命を封印したのだった。
それから間もなくして、妻はボクにストラップオンを使い始めた。そして、それが始まってすぐに、ボクはそれを喜ぶようになっていった。結局、性的な解放はその行為を通してでしか許されていなかったわけで、ボクはそれにすがりついたのだ。他にどうしようもなかったのは分かってもらえると思う。
妻が愛人を家に連れてくるようになった時も、ボクはそれを受け入れた。これは妻の性的欲求を満足させるための手段だと。男たちは何の意味もないのよ、と妻は言っていた。単にセックスだけだと。ボクは彼女のことを信じた。拘束具に閉じ込められているわけで、ボクには夫の果たすべき義務を行えないのは事実だった。気に入らないことではあったけれど、理解はしていた。
そして今度は、ボク自身が男性の愛人を持つべきだと妻は言い始めた。ボクは反論すらしなかった。ボクは妻の命令に従うことにあまりに慣れていたので、拒否することなど、思いもよらないことになっていた。
ボクは次から次へと間違った選択をしてきた。その始まりはボクが浮気をしたこと。そこから次々にミスを犯し、穴の中、より深くへと陥ってしまった。そして今はどうなってるか? 今は、もう、この穴から抜け出せないと分かってる。かつてのような男に戻ることはありえない。それに、妻がこのちょっとした遊びに飽きてしまうのは時間の問題だとも分かっている。間もなく彼女は次の段階へと進むだろう。その時どうするか、ボクには何も考えがないのである。