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64_Missing the window 「逃した機会」
時々、彼は決断を後悔しているんじゃないかと思うことがある。楽しいはずがないもの。いつも脇役で、誰といても中心にはいられないなんて。彼に悪いことをしたかなって思いそうになる。でも、思い出してみれば、彼は自分がどんなことに首を突っ込んだのかちゃんと知っていた。自覚して選択したのだ。そして今、彼は、その決断の結果に甘んじて生きなければならない。
彼と出会った瞬間から、彼はあたしのことを大好きになってどうしようもなくなるだろうなって分かっていた。そういう目の表情をしていたし、その恋愛感情がすぐに強迫観念に変わるだろうとも思った。その時点ですぐにあたしは彼との関係を断つべきだったのだし。自己弁護させてもらえれば、実際、あたしはそうしようとした。でも、職場が同じだったこともあり、彼を完全に避けることができなかった。
もちろん、彼のことが嫌いだったわけではなく、むしろ好きだった。ただ、ロマンチックな意味で好きだったわけではなく、彼はとても仲の良い友人という位置づけだった。あたしのことについては彼も知っていたし、そのことを彼に何回話したか覚えていないほど。多分、彼は、いつの日かあたしを変え、突然、男性が好きになるようになると思っていたのだろう。正直、彼の心の中で何が起きていたかあたしは知らない。知ってることは、あたしは自分が誰を求めているか、迷ったことは一度もないということだけ。
彼がトランスジェンダーだとカムアウトした時、正直、これはあたしに近づくための見え透いた企みだろうなと思った。あたしは女性が好きなわけで、彼は、もし自分がもっと女性的になったら、あたしが彼のことも何とか好きになるんじゃないかと思ったのだろう。そんなふうにはならないものなのよって、彼に叫びたかった。だけど、あたしには言えなかった。その代わり、あたしは、彼を支援する友達の役割を演じた。そして、あたしたちは以前より近しい間柄になったのだった。
思うに、あたしがヘザーとデートし始めたとき、彼はひどく落ち込んだと思う。まさにその頃から、彼は本当の意味で一線を越え、ホルモンを摂取し始め、様々な手術を受け、完全に女性として生き始めたのだった。女性になるための努力を倍にしたのである。
皮肉なことだけど、もし、当時の彼が、今の彼のような容姿だったら、ひょっとするとあたしは彼の言い寄りを拒否しなかったかもしれない。今の彼はとてもステキで、まさにあたしが好きなタイプになっているから。でも、あたしはヘザーと付き合っているし、ヘザーのことを愛している。
多分、あたしたちは適切な機会を逃してしまっただけなのだろうと思う。