2ntブログ



Obsession 「強迫観念」 

New_folder_obsession.jpg


64_Obssession 「強迫観念」

強迫観念とは、ある特定の狂気であると思う。強迫観念により、人は大変な努力を行い、まったく想像していなかった領域へと駆り立てられることがある。カレブについてはそうだった。

カレブは、決して、皆に人気がある人間ではなかった。それに彼自身、そうなりたいと思っていたわけでもなかった。平凡でおとなしい人間。彼自身、自分をそう思っていた。他の人が彼のことを考えることはなかったが、あえてどう思うかと訊かれていたら、誰もが「平均的」という言葉を当てはめたことだろう。そして、カレブが思いを寄せていた隣に住むカレンも、例外ではなかった。そもそも、カレンは彼が隣に住んでいることすら知らなかったと言ってよい。

初めてカレブがカレンのことをスパイし始めたとき、彼は自分の動機は純粋なものだと自分を納得させていた。気になるので、彼女に関する充分な情報を集めたいだけなのだと。いざ、彼女に接触するときになったら、正しい知識でもって武装できるようにと。カレンが何が好きで、何が嫌いか知りたかった。彼女の外面も内面も、ぜんぶ知っておきたかった。

しかし、ゆっくりとではあったが、彼の調査は彼の生活のあらゆる側面を支配するようになっていった。カレブの恋心は強迫観念へと変形したのである。彼は、眠っているときはカレンの夢を見たし、起きて学校に行ってる時もカレンについて白日夢を見ていた。いつの時間でも、その時点でカレンが何をしているかを知らないと息もできないほどになっていた。

変化というものは一気には起きない。むしろ、変化は徐々に起きるものである。ある物事について、カレンがそれが嫌いだと分かると、カレブもゆっくりとそれから遠ざかるようになった。カレンがそれが好きだと分かると、彼も自分の興味をそれに集中させるようにした。食べ物でも、音楽でも、映画でも。彼は自分の関心を、彼女の関心を鋳型にして合わせていった。そのうち、彼の中で、自分と彼女の境界線がぼやけ始めたのだが、それも当然と言えば当然だろう。彼は、自分の心をこれ程まで支配している女神について、彼女のようになったら毎日の生活はどうなるのだろうと想像するようになったのである。

まさにその時、彼はすべてをはっきりと理解したのだった。自分はカレンと一緒になりたいのではないと。そうではなくて、カレン自身になりたいのだと。あるいは、できる限りカレンに似た存在になりたいのだと。彼はすでに、カレンと自分は、他の人には決して理解できない形で互いにつながった同じ魂の持ち主なのだと思い込んでいた。

そのようなわけで、彼は暇な時間があるとカレンと同じ服装をするようになった。ダイエットもした。化粧も試すようになった。インターネットで女性ホルモンを注文した。そして、高校を卒業する時期になるまでに、カレブの体は変化し始めており、新しい人間が現れてきたのだった。

そこまでの成功に勇気づけられたカレブは、さらに先へ進み、話しを聞いてくれる人みんなに、自分は実はトランスジェンダーであると、ずっと前から内面的には女の子だったのだと言うようになった。彼の両親すら、彼の言い訳を見透かすことがなかった。

だが、それでも彼にとっては充分ではなかった。まだ男らしさが完全に消えていないと彼は思った。もっと過激な措置を取らなければ、完全に消せないと。真に自分の可能性を知り、本当にカレンのようになりたいのなら、手術を受ける必要があると。

だが、手術代は高額であり、高校を出たばかりでもあり、まったく手が出せなかった。しばらくの間、彼の目標は達成不可能のように思えた。進展がない状態が続くと、強迫観念に駆られた彼は、自分自身を違ったふうに見るようになった。このままでは自分は醜いと、男のままであると思い始めたのである。それが彼は嫌だった。

彼は解決策を求めて知恵を絞ったが、何か月間も、答えがでなかった。次第に気持ちが深く落ち込んでいき、鬱状態の暗い闇に囚われていった。来る日も来る日も、その状態から回復することが不可能だと思い込んでいた。行き詰っていた。そこから這い出る方法がない。それに、理想の彼女は遠い存在であり、カレンがいることによる心の暖かみに安らぎを求めることもできなかった。そもそも、カレンがいることによる心の暖かみすら、どんな感じだったか忘れかかっていた。彼女が毎日の生活のあれこれを楽しげにこなしているのを見て、彼女が別世界にいることを思い知らされるのであった。

そんな時、あることが閃いた。そして、カレブの生活はその黄金のような機会に救われたのである。ライブビデオ・ガールになることだった。それは彼が想像していたような優雅な生活ではなかったが、彼の変身を続けるのに充分な金銭をもたらしてはくれた。もっとも、どんな手術であっても、完璧に人に似せることは技術的に不可能であり、手術を受けても彼はカレンの複製になることはできなかったが、それでも、おおよその範囲で彼女に似ることは可能だった。

だが、奇妙なことに、それでも彼には充分ではなかったのである。今や、カレンと彼は姉妹だと言っても通るようにはなっていた。ちょっと見た限りでは、他の人にはふたりの区別はできないだろう。外見ばかりでない。趣味についてもカレンに似るようカレブは努力してきたし、着るドレスについても彼女の服装に似せた。振る舞い方も似せた。だが、彼は心の奥では、どれだけ頑張っても、決してカレンにはなれないと思っていた。

でも、もしカレンがいなくなったら、彼女になれるかもしれない、とも……。


[2017/12/22] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する