
64_The promise of freedom 「自由の期待」
ボクは長い間、電話を見つめ続けた。次にどうするかを考えていた。電話はテーブルにある。ボクのすぐ近くにある。手を伸ばせばすぐに手にすることができる。だけど、電話を取るのをためらっていた。見つかったら、どんなことになるか。それが怖くて動くことができなかった。ボクはご主人様の激怒を一度ならず経験している。あの経験を繰り返したいとは決して思わない。
だけど、あの電話が象徴する自由も渇望していた。あれを手にすれば、警察に連絡できる。友達に連絡できる。そして姉にも。ご主人様の手の中からボクを救い出してくれる誰かに連絡することができる。
だけど、あれが罠だったならどうしよう? テストだったら? 今こうして、あの電話を見つめながら身動きできずに立ち尽くしているボクを、彼がどこからか見ているとしたら?
ボクは深呼吸した。他に選択肢はない。電話を手にすべきなのだ。このチャンスを逃してはならない。結果がどうなろうと、そんなの構わない。
ボクはテーブルの電話をつかみ、部屋の隅へと動いて体を隠し、通話ボタンを押した。すぐにディスプレーが点灯した。ありがたいことに、その電話は古いモデルで、セキュリティ関係の装置はついていなかった。ほとんど本能的にダイアル番号を押し、電話を耳へ近づけた。
「もしもし?」 姉の声だとすぐわかった。「どなた?」
「アビー!」 ボクは切羽詰まった声で囁いた。「サムだよ。話していられる時間がどれだけあるか分からないけど、僕は誘拐されたんだ。あの、夏の間、海外で過ごすって話、あれは、全然そういう話じゃなかったんだよ。ああ、どこから話していいか分からないけど……」
「この電話、どうやって手に入れたの?」 と姉はボクの話しをさえぎった。
「テーブルに置いてあったんだ。それで……ちょ、ちょっと待って。驚いていないようだけど?」
「驚いてないわよ、あたりまえじゃない。あたしが大金を払って、あんたをそこに入れておいてもらっているんだから。あんたをちゃんと躾けてもらうためにね。それに、あんたには電話する権利がないはずなのも知ってるんだけど?」
「ま、待って……どういうこと?」 ボクは、いきなり背後の事情を知らされ、電撃に撃たれたようになっていた。
「あたしがあんたをそこに入れたって言ってるの。多分、今は理解できないでしょうけど、これはあんたのためなのよ。サム? あんたは本当に手が付けられなかった。自分でも分かってるでしょ? ママとパパが死んだ後、あたしひとりではあんたをどうしようもなかったわ。扱いきれなかった。だから、あんたを彼らに任せることにしたの。あの人たち、あんたをまっとうな道を進む人に変えられると言っていたわ。あんたをちゃんと直すって」
「ま、まっとうな道?」 ボクは唖然としていた。「でも、あの人たち……ボクを変えたんだよ……」
「女の子にでしょ? そうよ。それがプログラムの一部だもの。あたしに送られてくる写真を見ると、あんた、かなり可愛いじゃないの。うらやましいほど」
「ね、姉さんは、ボクを女の子に変えたのか!」 ボクは大きな声を上げていた。「いったい、どうして……あ、ああっ、彼が戻ってきた。ぼ、ボクは……ああっ」
ボクは素早く「切」ボタンを押し、電話をテーブルに戻した。ご主人様がドアを入ってくるまでに、ボクは急いで部屋の向こう側へと走り、カウチに座った。彼が入ってくるのを見て、恭しくカウチから立ち上がり、お辞儀をした。「ご主人様、お帰りなさいませ。街でのお仕事はいかがでしたか?」
「まあまあだ」と彼は答え、意図が読みにくい笑みを浮かべた。彼は、一瞬、視線を電話に向けたけれど、電話が元あった場所にきっちりあるのを見て、電話から視線を外した。ボクは心の中で安堵のため息をもらした。彼は気づかなかった。ボクは安全だ。
ちょうどその時、電話が鳴った。心臓が喉奥から飛び出そうになる。ご主人様は電話を取り、頷いたり、一言返事をするだけの会話をした後、電話を置いた。
彼はまたも顔に笑みを浮かべた。「誰か、とても行儀の悪い女の子がいたようだな。そういう、行儀の悪い女の子には、何をすべきかな?」
「お、お仕置きです」 ボクは反射的にそう言っていた。「そ、そういう女の子には、お、お仕置きをするものです」