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64_Utopia 「ユートピア」
「自分が本当に家に帰りたいと思っているのか分からない」とキンバリーが言った。今は、ボクたちが現実の世界に帰る予定の前夜。ボクは彼女が後ろにいて、ボクの裸のお尻を見ているのかを、振り返って確かめる必要はなかった。彼女の瞳に浮かぶ欲望の表情を想像するまでもなかった。彼女のあの飢えた表情を想像する必要もない。このバケーションの間、ボクは彼女のあの表情を数えきれないほど見てきたから。
「男女逆転のユートピア」という宣伝文句に乗せられて、ボクたちはこの旅行を予約した。一種のジョークだと思っていた。妻を逞しい男性と思い、ボクを女性と思うなんて、バカバカしいことのように思えた。正直、ボクはウィッグをかぶり、ドレスに身を包み、ちゃらちゃらと歩き回り、一方、妻は偽の口ひげをつけて堂々と振る舞うと、そんなことだろうと予想していた。ふたりで大笑いして終わるだろうと予想していた。
だけど、驚いたことに、この地に到着してすぐに、ボクたちは別々のプログラムに送り込まれたのだった。そのプログラムは、表面的には「トレーニング」と称されていて、このリゾート地への滞在期間の半分も続くプログラムだった。その時点でも、ボクは、ちょっと化粧のレッスンを受けることとか、そんなところだろうと思っていた。こんな大きな勘違いはそうあるものではない。
トレーニングそれ自体、厳しく、震えだすほど効果的なものだった。1週間のうちに、ボクは、歩き方も話し方も、生まれてからずっとスカートを履いてきた人のようになっていた。彼らがどのようにして、このような変化を、これほど急速にもたらすことができたのか、ボクには分からない。だけど、トレーニング期間が終わるころには、ボクは、自分を無理に強いてすら、以前のボクのように振る舞うことがほとんどできなくなっていた。
大きな変化と思う部分は、鏡を見ると、それまでいつも見てきた自分という男の姿がすっかり消えていることにあった。本当に、男の姿が消えていたのである。ウィッグによる繊細なヘアスタイルとエキスパートの手によるお化粧のおかげで、ほとんど、自分とは思えない姿が鏡の中に映っていた。だけど、本当の魔法と言える部分は、彼らがどういう方法でか、ボクの体の線をすっかり変えていたことだった。どうやってそれを実現したのかボクには分からない。だけど、最初の1週間を過ぎたころには、ボクはまさに砂時計のプロポーションに近い体つきになっていた。
そして、その自分の姿が、とても素敵だったのである。本当に魅力的な体になっていた。そして、その体を見ながら、ボクは、1度ならず、この世界での自分の位置付けについて疑問に思ったのだった。これまでの人生、ボクは長年、嘘の人生を生きてきたのではないか? 本当は、ボクは、これまで生きてきた人生とは異なる人生のために生きる運命にあるのではないか? ボクがこんなに簡単に変身を遂げたということは、何か特別な意味を持っているのではないか?
ようやくキンバリーと再会し、ボクは彼女の変身はボクのに比べて微妙と言えるものだったけれど、それでも、同じ程度の効果を持っていることに気づいた。彼女は、ボクが恋に落ちた、あのキュートで内気な本の虫の女の子ではなくなっていた。もっと力強くなったように見えた。自信に溢れている。どことなしか肩幅が広がり、顔つきも角ばっているように見えた。妻の新しい外見が信じられないほど魅力的に映ったことを、ボクは否定できなかった。
新しい自分たちのことについて、互いに知り合うようになるにつれて、ボクはこの変化が純粋に外見的なものにはとどまらないことを知った。妻はためらわずに場を仕切るようになったし、ボクは彼女のリードに従うことしか考えないようになっていた。そして、ボクたちはふたりが借りたスイート・ルームに戻ったのだが、そこでさらに多くの変化が待ち構えていることを知ったのだった。
バスルームから出てきた妻の姿を初めて見たとき、ボクはこれから何が起きるかはっきりと自覚したのだった。彼女の股間にはストラップオンが隆々とそびえ立っていた。そして、ボク自身、それを見て、それが欲しくなったのだった。もちろん、痛みはあった。それまで、そういうことをするなど、ボクたちは考えたことすらなかったわけで、経験がなかったのだから当然だった。しかし、この時、ボクの方が彼女にハンマーのように打ち込むなどということは、明らかに間違ったことのように思えていた。それとは対照的に、自分が彼女にストラップオンを叩きつけられることの方が、この上なく、正しいことと思えていた。
そして、そんな調子で、その週はすぎていった。ふたりともそれぞれの役割に馴染んでいた。そして、ふたりともそれまでの人生で最高の時間を過ごしたとボクは間違いなく言える。
「分かってるわ」とボクは振り向かずに言った。
「帰らなかったらどうなる?」と彼女は訊いた。「つまり、女として生きることをやめたら。それは不可能。だけど、もし、昔の自分たちに戻らないとしたら? このままの関係でいたとしたら? あなたは私の妻になり、私はあなたの夫になる」
「そうしたいの?」 とボクは訊いた。彼女に何て答えてほしいか、自分では知っていた。
「ああ」
ボクは笑顔で振り返った。「あたしもよ。これまでの人生で、こんなに、そうしたいと思ったことはないわ、あなた」