みんながそろうのを待っている間、父は、アクメ社での調子はどうなのかと訊いた。
「前の会社のお客さんは全員、今はアクメの顧客になっているし、州のここ周辺の地域での新しい顧客も、大半、アクメが獲得しているよ。今のところ、アクメ社は、僕に対して約束を守ってくれているし、2回ほど、大幅な昇給もしてくれた。でもね、経営陣の上層部は、僕を解雇するチャンスをうかがっているのは知っているんだ。というのも、アクメの唯一の競争相手だった、うちの元の会社が潰れたわけだし、アクメにとっては僕の用は済んでいるわけだからね。でも、僕の方も、これから2ヶ月くらいのうちに自分の会社を起こそうと計画している。すでにオフィスのビルも入手してて、その費用も大半支払済みだ。もちろん、僕が連れて行った元従業員も何人か僕と一緒にアクメを去る準備ができている。ま、僕の顧客たちには、僕がアクメを辞めたときに、一緒に替わって欲しいとは言っていないけど、これまで培ってきた人間関係があるから、お客さんたちの信頼に任せることにはしてるんだ。露骨に顧客を奪ったら訴訟沙汰になるけど、いま言った形なら、その懸念はないしね・・・」
父は僕の顔を見ているだけだった。しばらく間をおいて、ようやく口を開いた。
「お前、一番最初から、そうなるのを計画していたんだね?」
僕は、少し狡猾な笑みを浮かべていたと思う。
「まあ、ビジネスの諸問題を扱うことについては、良い先生がいたから」
「だが、そもそも、新しく事業を始める資金はどこから手に入れたんだ?」
「前の会社の時、ある企画があったのを覚えているだろ? その株を買うよう、僕が進めていた企画。でも、お父さんは、テッドとジョイスの家を増築するために、資金が必要だって言って、その企画には投資しなかった。ま、僕は当時持っていた全資産と借りられるだけのお金を全部、あの企画に投資したんだ。投資した甲斐があったよ。投資金1ドルあたり、100ドルちょっとの見返りがあったかな。今は、あの株は全部、手放した。下降線に入る直前に売り払ったよ。投資した人は全員、何らかの形で儲けたけど、大当たりしたと言えるのは、僕たち数名だけだろうな。その後は、その時の儲けを使って投資を繰り返し、ラッキーな状態が続いている。儲けの一部を使って、いくつか資産を手に入れたけど、今のところは、動くべき次の機会を狙って、待っているところだよ」
女たちは3人とも僕を見ていた。母が僕に近寄り、キスしようとした。この時も僕は手を突っぱねてキスを断った。母は仕方なく、腰を降ろすだけだった。ジョイスには頬にキスをしてあげた。彼女の目から涙が溢れてくるのが見えた。嬉し泣きだろう。シンディには目もくれなかった。僕は父に顔を向けた。
「それで? 何か話しがあるって言ってたね。話を聞くよ」
父が居心地悪そうにしているのは、はっきり分かっていた。だが、僕は、この場の雰囲気を和まそうという気持ちは一切なかった。姉のジョイスに関しては、僕が出す条件に従う限り、助けてあげる決心をしていた。だが、残りの者たちは助けるつもりはない。当然の報いを味わうべきなのだ。父がようやく、口を開いた。
「実は、お前の援助が必要になってね。ぜひ、頼みたいんだよ。お前が出て行ってから、暮らし向きがひどくなりだすと、すぐに、テッドは家を出て行ったんだ。しかも、価値があるものを全部、取って行った。その後は音沙汰なしさ。私の給与は、医者や病院が訴えて、差し押さえられている。赤ん坊のための食べ物とかを支払うと、残りのお金がない状態なんだよ」
父が話し終えた後、僕はただ父を見ているだけだった。かなり間を置いて、僕は返事した。
「みんな、僕が喜んでみんなを助けるとでも思っているのかな? どうして、そんな風に考えられるんだ?」
母が言った。
「私はあなたの母親だし、彼はあなたの父親なのよ。それにシンディはあなたの元妻だし、あそこにいるのはあなたの子供。ジョイスはあなたの姉だし、あなたの甥も、そこにいるじゃないの」