
56_Committed 「コミットの有無」
「彼はどこにもいないわね」とテレサは言った。彼女はモニターから目を背け、目をこすった。「もう彼は戻らないわ。これの後では、もう二度と」
フランクは頷いた。「それでは、これは成功だと言ってよいのですね?」 彼はメモ帳に何か書き留めた。
「成功?」 テレサは、そうつぶやき、顔を上げ、同僚を睨み付けた。「あたしたち、何の罪もない人の人生を破滅させたのよ。よくも、それを成功だなんて言えるわね?」
彼女はモニターを指さした。モニターにはカップルの性行為が映し出されていた。上に乗っている人物は青いストッキングを履き、女性の身体をしていた。「彼は、自分が誰かすらほとんど分かっていないのよ!」 テレサは叫んだ。「それに彼を見てみて! しっかり見て! 脚の間にあるしぼんだモノの他に、彼が男性だって証拠がどこにあるの? あのね? 彼は、ただ他の科目の単位も取りたいと思った心理学専攻の学生にすぎないの。前途有望な完全にストレートの学生だったのよ? あんた、どうして、そういう事実をそんなに簡単に無視できるのよ!」
「あんた、バカか? 俺たちに他に選択肢がなかったからだろ、テレサ」フランクは吐き捨てるように言った。彼の態度は急変していた。「これをやらなかったら、どうなっていたと思うんだ。俺たちの研究費。あんた、忘れてるかもしれないから言うけど、人の命を救うための俺たちの本当の研究だ。あのための研究費はあいつらを喜ばし続けることにかかっているんだよ。連中が、資金を出すから、これをやれって言うなら、俺なら喜んでやるね。それにあんた、分かってるのか? あんたもこの最悪な研究をすることに同意したんだぜ? あんた、上から目線できれいごと言ってるんじゃねえよ!」
「でもそんなに冷淡にならなくても……少しは憐みの気持ちを持つべきだわ」
「これはコストなんだよ。たくさんの人々の命を助けるために、たったひとりだけ、人生を犠牲にしてもらっただけなんだ。それに、付け加えると、彼はそんなに不幸には見えないんだよ。彼を見てみろよ。完璧に……」
「ああ、もういいわ。黙って、フランク」 テレサはさえぎった。「ええ、その通りよ。また訊かれる前に言うけど、この試行実験は大成功だわ」