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Sacrifice 「犠牲」 

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56_Sacrifice 「犠牲」

「な、何と言ってよいか分からない」とグレッグは、古い見覚えのある写真を見つめた。「お前がこれを見ることはないはずだったんだが」

彼は写真を伏せてテーブルに放り、信じられなそうな顔をしている息子を見た。

デビッドは唇を噛んだ後、父に尋ねた。「これ、お父さんなの?」

グレッグは顔を背け、頭を振った。「当時は今とは違う時代だったのを理解しなければいけないよ。私は当時、今から考えると実に不思議な行動をする決心をしたんだよ。そして……」

「それで、これ、お父さんなんだね?」

グレッグは頷いた。「ずいぶん前のことだ。80年代。当時はね、ある種の人の集まりでは、男女の性区分というものは確固とした区別というより、違いの示唆程度だったんだよ。私はただ……」

「でも、どうしてこれがお父さんなの? お父さんには……その……」

「胸のインプラント。そして、私は20歳代の大半を女性として生きていたんだ」

デビッドにとって、この古い写真を見つけたときから、すべての謎が解けていくように思えた。写真を見た瞬間、これが自分の父の姿だと分かった。間違いようがなかった。だが、単に父と分かったことよりも大きかったのは、父について彼が知ってるすべてが、突然、完璧に理解できることに変わったことだった。彼の父はずっと前から特に男っぽい男性とは言えなかった。女性的な顔かたち、仕草、そして言葉使いなど、氷山の一角にすぎない。

「だけど、今はお父さんには胸の膨らみはないよね? 何が起きたの?」

「お前の母親は、私が出会った中で最も素晴らしい人だったんだよ。でも、おじいちゃん、おばあちゃんのことは知っているだろう? おじいちゃんたちはお前の母親が他の女性と関係を持つことを決して許そうとしなかったんだよ。だから私はインプラントを取り除いて、男性に戻る長い道のりを歩き始めた。でも、お前にだけに言うと、本当に男性に戻っているとは確信が持てないでいるんだ」

デビッドはこのことをどう考えてよいか分からなかった。彼はかすかに母親のことを覚えていた。彼の母親は肝臓がんで彼がたった6歳の時に亡くなっていた。デビッドの目に涙があふれてきた。

「たくさん聞きたいことがあるのは分かっているよ」とグレッグは息子の手に手を重ねた。「分かってるよ。私はお前に話すべきだった。話すつもりはあったし、いまこうして話してもいる。だけど、いつ話すかというと、いつを取っても、良い時間と言える時を見つけられなかったんだよ。いつだったら良かったのかな?」

突然、父が犠牲を払ったことの意味がデビッドの心に直撃した。「じゃあ、お父さんは、お母さんだけのために、自分のアイデンティティを捨てたということ? ど、どうして基に戻らなかったの? お母さんが……お母さんが亡くなった以上、また元の……」

グレッグは肩をすくめた。「それを考えたこともあるんだ。お前が小さかった時、そうしようとしたこともあったよ。でも、お前が大きくなるにつれて、あまり意味を見出せなくなっていってね。お前には普通の人生を歩んでほしいと思ったんだ、デビッド。そして、もしそれが私の側でちょっとだけ犠牲を払うことを意味するなら、それはそれで良いんじゃないか、とね」


[2018/01/21] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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