2ntブログ



Thin line 「薄皮一枚」 

fem_station_56_thin_line.jpg


56_Thin line 「薄皮一枚」

愛と憎悪の間は薄皮一枚。これは、古くからある言葉だけど、あたしにとっては、これほど真理を言い当てている言葉はない。あたしは彼を愛している。少なくとも、彼はあたしをそういう気持ちにさせてくれる。彼といるときほど、自分が人から切に求められていると感じることがない。彼があたしを見るときの顔。彼があたしに触れるときの触れ方。その他の何万もの些細な仕草。彼があたしを欲しているのが分かる。彼にとって、あたしは誘惑の絶対的極致だと分かる。あたしは彼の理想そのもの。そんな場合、人が自分は特別だと感じないわけがない。

でも、そのコインには裏面もある。あたしが今のあたしになったのは彼のせい。彼が、あたしを今のあたしに変えた。彼の求めに応じて、あたしは自分の体を彫刻するように変えていき、彼にとっての完璧な相手を作り上げてきた。それについて、あたしがどう考えていたか、同意したのかは、関係ない。考慮すらされていない。

彼は、あたしの人生の進路を変えてしまった。あたしから男性性を奪い、あってはならない形にあたしの姿を変えてしまった。その点であたしは彼を憎んでいる。これ以上ないほど憎悪している。憎悪の味を知っている。憎悪の匂いも知っている。憎悪はあたしの体幹へと染み込み、あたしの中核はそれに感染している。

でも、それでも、そのことについて感謝する気持ちになってしまう時がある。贅沢な暮らしをしているし、欲しいものはすべて手にしている。それに外の人々に対しては、あたしは彼の妻として通っている。本当のあたしを知っている人は誰もいない。嘘をついてるのは確かだけど、でもそれはあたしを保護するための嘘。

喜びもある。あるどころではなく、数えきれないほどある。あたしは、彼の導きで、肉体的な愛の行為を愛するように育てられてきた。今はその行為をいつも求めている。いつも切なく欲している。その点で、あたしは彼と同じ。その点で、あたしたちはひとつの極上の喜びを共有している。

愛。憎悪。多分、このふたつは、別々の視点から見た、同じ一つのことなのだろう。分からないけど。でも、そんなことは関係ない。あたしは今の生活から逃げられない。これがあたしの人生。どういう形にせよ、この人生を続けていく他、あたしには道がない。


[2018/01/25] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する