56_A nice thought 「良い考え」
スマホを掲げ、あたしの姿が映ってる鏡に向かってシャッターを押す。鏡の中、複数回の手術と長年にわたるホルモン処置と数えきれないほど長いエクササイズの結果であるあたし自身が、あたしを見つめ返している。ベストに見える写真を得ようとシャッターを押しながら、あたしは思わず笑顔になっていた。ベストの写真を得るのに時間はかからなかった。微笑んでしまう。3回ほど押しただけで、ベストの写真が撮れた。
スマホのボタンを何度か押し、この完璧写真をメッセージに添付した。そのメッセージは「この娘があなたの帰るのを待ってるわよ」
珍しいメッセージではない。特に夫婦の間では珍しくはない。彼女が出張に出て、とても恋しくて淋しかったし、彼女も同じ気持ちなのを知っている。こういう写真は、ケア・パッケージのようなもの。家に帰れば何があるかを忘れないようにするためのもの。他のカップルも似たようなことを互いにしているものだと思っている。
でも、お腹のあたり、ぞわぞわする不安感から逃れられない。こういう写真を送る時をずっと待ち望んでいた。自分の体、自分の本当の姿に自信を持てる時が来ることを、こういうあたしを、あたしと同じくらい求めている人が現れる時が来ることを、ずっと待ち望んでいた。
でも、ぼんやりとだけど、家族や昔の友達が新しいあたしのことをどう思うだろうと思うことがある。これだけ変わってしまったので、みんな、あたしのことが分からないだろうと思う。みんなは、あたしがこの種の美しさを秘めていたとは決して思っていなかっただろう。みんなが知ってるのは昔のあたし。いつまでも童貞だとからかわれ、女の子には決して近づけない、ウジウジした内向的な男。それがみんなの知ってるあたし。
いまだにみんなあたしを笑うのだろうか? その疑問がどうしても浮かんでくる。みんな、あたしを変態だと言うのだろうか? 科学の実験台になったのだとか? この体に変化する間に耳にした何百もの様々な毒を含んだ呼び方。あたしをそう呼ぶ人はいるだろう。それは確実だ。そんなわけであたしは故郷には帰らなかった。でも、誰かがあたしを受け入れてくれるかもしれないと期待してるし、祈ってる。そんな人がいたら素敵だと思う。