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65_What now 「今はただ」
「マジで言うけど、そんなジロジロ見ることないんじゃない?」
僕は素早く目をそらした。どう反応してよいか分からない。僕の親友が目の前に立っている。どこを見ても、彼が言う通り、女の子そのものだ。なのに、じろじろ見るなと? さらに悪いことに、彼は一糸まとわぬ素っ裸でいるのだ。男性を指す代名詞を使っていいのか迷ってしまう。
「じゃあ、服を脱いだりしなきゃいいのに」 僕はウッド・デッキに目を落として言った。
「ある意味、脱ぐ必要があったんだよ」それが彼の、いや彼女の返事だった。「そうでもしなきゃ、分かってもらえなかったと思うから」
「分かるって、何を?」
「これが一時的な気の迷いではないということ。今は迷っていない。これが本当のボク。君が理解してないのは分かってる。自分でも、本当に理解するのに、去年までの自分の人生まるまるかかったんだから。何と言うか、自分が他とは違うのは分かっていた。誰でも他とは違うものだし。でも、この点にたどり着くまで、本当にたくさん、悩みに悩みぬいたのよ。君がたった数分でその境地に至るとは期待してないよ」
「教えてくれてありがとう」と僕はぶっきらぼうに言った。彼と最後に会ったのは去年の夏。高校3年になったとき、彼の一家はよそに引っ越してしまった。あれからの時間をかけて、彼はすべてを変えたのだと思う。
「何か言えよ」と彼は言った。彼の言葉で僕は1分以上、黙って水面を見つめていたのだと気づいた。
僕は顔を上げ、彼の裸の体を見た。どんだけ女性的になったか冷静になって確かめた。彼女と言うべきなのかな、僕には分からない。「僕に何て言ってほしいんだよ、ボビー? 君のそんな姿をどーんと僕の前に見せて、それでも僕に……僕に……。何を期待してるのか分からないよ。どう反応していいか分からないんだ。本当だよ。お願いだから、何か服を着てくれないか?」
「ゴメン」と彼女は言って、大きすぎるTシャツを取り、それを着た。「本当は、こんなふうにしたいわけじゃなかったんだけど」
「そうか? 僕もだよ。どうして僕に言ってくれなかったんだ。あんなにメールをやりとしていたのに。ケータイでも。どうして、起きてることを教えてくれなかったんだ?」
彼女は肩をすくめた。「分からないよ。本当に分からない。今がその時って思える時がなかった。これって……絆創膏を剥がすタイミングみたいなものじゃないかなあ。早く剥がせば早く治るって、分かるよね? 愚かなことだと思ったことは一度もないよ」
僕はデッキに腰を下ろした。「夏になると毎年、ここで遊んだよな。君とふたりで。泳いだり、カエルを捕まえたり。それが全部変わってしまった。どういうことか僕は分かっていなかったよ。でも今は分かった気がする」
彼女は僕のとなりに腰をおろした。「ボクも分からなかったんだ。自分が何者かって。それがどういうことか君には分からないと思う。ボクはずっとこういう感情を持っていた。自分自身についても、君についても。それに、その感情をどこに置いたらいいか分からなくなって。どうしたらよいか分からなくなって。だからボクたちは引っ越したんだ。一度、、すべてから離れなくちゃいけなかったんだよ、リアム。全部考え直す場所が必要だったんだ。だけど今はもうボクには……」
彼女が何か期待するようにして僕を見てるのを感じた。僕から何かをすることを求めている。僕がしたかったことは彼女に腕を回し、ぐっと抱き寄せることだけ。彼女は僕の友達だ。彼女の声には何か切実な感情がこもっていた。彼女は僕を求めている。
「僕に何をしてもらいたがっているのか分からないよ。何を言ったらいいかも分からない」
「正直言うと、ボクも分からない」
彼女は僕に体を預けるように傾いてきた。僕は彼女を止めなかった。腕で彼女の肩を抱き寄せた。そして、ふたり、ただ水面を見つめ続けた。