
66_Apology 「謝罪」
「あのね……ケビン?」 レニーはドアのところに立ち、彼に声をかけた。「お話があるの。あたし、告白しなくちゃいけないことがあるの」
ボクは腰に手を当てながら、微笑んだ。「何だい?」 ボクは裸でいることは気にしていない。
かつてのボクなら、素っ裸でいることを恥ずかしく思ったかもしれない。でも、レニーと付き合い始めてからは、そんな恥ずかしさはすっかり捨て去っていた。
彼女も笑顔を返してくれたけれど、彼女の顔にはどこか悲し気な表情が浮かんでいた。レニーはパティオの椅子に腰かけた。「告白しなくちゃいけないことがあるの。それを聞いたら、あなたは怒ると思うの」
「なんか大変なこと?」とボクは彼女の向かい側の椅子に座って、彼女の手を握って、顔を寄せた。「それがどんなことであれ、ボクと君なら乗り越えられるよ」
レニーは大きな声ですすり泣きを始めた。そして、手で涙をぬぐった。「あなたは、そう言ってくれるけれど、いったん真実を知ったら……あたしがあなたにしたことを知ったら……」
ボクは彼女の顎に指をかけ、上を向かせて、彼女の瞳を見つめた。「大丈夫。ボクに言って。怒ったりしないから」
「あなたは自分が何を言ってるのか分かっていないのよ」と、彼女は急にボクから離れ、立ち上がり、ボクに背中を向けた。「あ、あたしは……良い人間じゃないの。ずっと前から悪い女だったの。でも、それはあたしのせいじゃないわ。あたしは、ただ……ただ……あなたに分かってほしかったの。あなたに、あたしが望む人になってほしかっただけなの」
彼女は滝のように言葉を吐いた。ほとんど狂信的な声の調子だった。正直、それがとても怖かった。ボクは立ち上がり、震える彼女の肩に手を添えた。「大丈夫だよ」とボクは繰り返したけれど、内心、ボク自身が大丈夫じゃないかもしれないと不安になっていた。彼女がこんなに取り乱しているということは、本当に大丈夫なことではないのだろう。ひょっとすると、ボクたちには乗り越えられないことかもしれない。「どんなことなの? ボクに話して」
レニーはくるりとボクの方に向き直った。「あたし、あなたを変えてきたの、ケビン!」と彼女は叫んだ。その叫びの異様さに驚き、ボクは思わずたじろいだ。その後、彼女は話しをしだしたが、その時はずっと落ち着いた感じに戻っていた。ほとんど囁くような声になっていた。「ごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい。ここまでするつもりはなかったの。ああ、それに加えて……あなたは自分が変えられていることすら知らないでいる。あなたは自分がどうなっているのかすら知らないでいる」
「ボクは前から少しも変わっていないよ。まあ、ちょっと露出好きになっているかもしれないけど。だけど、ボクは前と同じケビンだよ」
レニーは笑い出した。情け容赦ない、引きつった笑い方だった。「まさか、あなた、本気でそう思ってるの?」
「もちろんだよ。き、君は違うの?」 とボクはつぶやいた。
レニーは手を頭にあげ、指で髪の毛をひと掻き、掻いた。「あなたにどうやって分からせたらよいかすら、分からない」と、またすすり泣きを始めた。ぼろぼろと涙が彼女の頬を伝っている。「そこが一番酷いところなの。あなたには、あたしが何をしたかすら分からない。あなたは何もかも問題ないと思ってる」
「本当に何もかも問題ないよ。ボクたちは一緒で、幸せだよね? ボクは君を愛してるんだよ」
「ほんとのことを知ったら、愛してはくれなくなるわ。あなたが本当の自分の姿を見れたなら、あたしを憎むことになるわ」
「決して、君を憎んだりなんかしないよ」 とボクは優しい声で言った。
「あなたのお友達がみんなあなたに話しかけなくなったの、変だと思わない? あなたの家族があなたにセラピーに行くように言い続けてることも、変だと思わない? あなたのことを女の子に間違える人が、あんなにたくさんいることも、変だと思わない?」
「ボクは、家族のことについては話したくない」 ボクは、かつては家族と親密にしていたけれど、それはほぼ一夜にして変わってしまった。今のところ、ボクは家族と接触することを避けている。さもないと、メンタルヘルスについてしつこく話しを聞かされることになるから。「それに、他の人がどう思おうと、ボクにはどうしようもできないよ」
「みんながあなたのことを女の子と間違えるのは、あなたが女の子のように見えてるからなの。それはあたしのせい。あたしがあなたをそうしたの。あたしはあなたに催眠術をかけて、ドレスを着るようにさせたし、ホルモンを摂るようにさせたの。……それに、あたしを愛するようにもさせたの。全部、あたしがしたこと。本当に……本当にごめんなさい」
「そ、そんな、バカな……バカなことを言って……」 突然、こめかみのあたりに爆発的な激痛が走った。ボクは、血を絞り出すようなうめき声をあげて、コンクリートの床に倒れ込んだ。高速で様々な光景が目の前に現れた。幾千もの記憶が走馬灯のように目の前に展開した。極限の激痛が永遠に続いているように感じたけれど、現実には激痛は一瞬で終わっていた。気が付くと、ボクは床の上、丸くなって赤ちゃんのようにすすり泣いていた。
レニーはボクのそばにひざまずき、なだめるようにボクの腕をさすっていた。「戻ってきたのね? 全部。この2年間のことすべてをフィルターなしで見ているのね。本当に……本当にこんなことしなければよかったのにと思ってる。ごめんなさい、ケビン。本当に……ごめんなさい」
そう言って、彼女はその場を離れた。ボクに人生に加えられた変化をひとりで考えさせるためだろう。何時間か経ち、ボクは起き上がった。ガラス戸に映った自分の姿を見た。2年ぶりに見た自分の本当の姿をしっかりと見た。かつての自分は背の低い小太りの男だった。その代わりに、ガラスには小柄の女性が映っていた。ボクの過去を示す唯一の証拠は、脚の間にぶら下がる萎えたペニスだけだった。
ボクは、自分が失ったもの、変えられてしまった自分、自分が行ったことを思い、号泣した。