
66_Hooked 「虜になる」
「尻を突き出せ」と彼は言った。「買った商品を見たいからな」
「どうぞ、何なりと」とあたしは求めに応じ、答えた。そしてにっこりと笑って振り返った。「これ、気に入ってくれた?」
彼の好色そうな笑みを見て、彼が気に入ったのが分かる。このような顔は何度も見てきたし、いろんな人の顔で見てきた。彼が完全にあたしの虜になっているのを知るのに充分なほど。男があたしを気に入るということは、その後何が起きるか、それを思ってうんざりするときもあったけれど、今はそれに慣れてしまった。その後のことを楽しみに待つときすら、ある。
男はズボンのチャックを降ろしながらあたしに近づいてきた。そんな時、あたしは頭の中で考える。これが生きていくための唯一の方法なの。特に彼のような人との場合は、そう思うこと、と。彼は中年で太っていて、毛むくじゃらの男だった。彼は、おカネを出さなければ、あたしとのような人と付き合うことなどできない。それがありありと分かる。実際の世の中では、あたしは彼のような男を見向きもしないだろう。でも、逆に言えば、実際の世の中では、彼も、手が届かないと思い、あたしのような人を欲しいとは思わないかもしれない。
特に理由はないけれど、なんとなく、あたしの友達や家族は、あたしがどうやって食っていってるんだろうと不思議に思ってるだろうなあと思った。嫌悪する人がいるだろうなというのは分かっている。あたしがトランスジェンダーだと思って、支援しようとする人もいるかもしれない。さらには、無言のままあたしのことを独善的に判断してて、あたしが背中を見せた途端、罵倒し始める人もいるかもしれない。お客さんのために初めてドレスアップしたときから、そういうことだろうなと思っている。
記憶がある大昔から、あたしは女装を続けてきた。最初は姉の服を盗んで、浴室で着替えたりをしてたけれど、すぐにそれはもっと先のことへと進化した。実家を出るころまでには、女性としての服装にかなり馴染んでいた。
大学に進んだ時、今度は自分の写真を撮って、インターネットに投稿し始めた。もちろん顔はぼやかした写真。そして、かなり進化を遂げた。セクシー・チャット・ガールとして仕事ができるレベルまで。しばらくの間は、順調だった。お客さんの要望で女装のセンスを磨けたし、おカネもいくらか儲けたし。
そして、その頃、初めてのオファーをもらった。すごいおカネだった。全部、前金で。だから、断ることができなかった。それに、そのオファーを受けたからって、何が変わるのと思った。一回限りだし、誰にもバレないし、と。そして、実際、それはとてもうまくいった。
あたしが虜になったのは、その時のセックスではない。少なくとも、それがすべてではない。あたしが虜になったのは、そのお客さんがあたしを崇拝している感じだったこと。そのお客さんの様子を見て、すごくパワーが出てくる感じだった。だから、別の男の人がそういう機会を出してきたら、即座に受けようと思った。そして、それから間もなく、あたしは毎週末「デート」をするようになっていた。
これがいつまでも続くとは思っていない。あたしにも賞味期間がある。
この前のお客さんは、あたしの髪の毛を鷲掴みにして、乱暴にピストンした。だけど、その時でも、あたしはもっとヤッテと叫んでいた。あたしも、あのお客さんと同じく虜になっているのかな。