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66_Working late 「残業」
サマンサは夫のオフィスのドアをノックしたが、返事がなかった。多分、こんな遅い時間なので、みんな仕事に忙しく、返事しないのだろうと思い、彼女は勝手に中に入ることにした。緊急時のためにもらっている鍵を使い、カギを開け、ドアを押した。
「カイル?」と、サマンサは、スパゲッティでいっぱいのラップで包んだプラスチック製のボールを抱えながら、夫の名を呼んだ。そして、そのボールをかざし、言葉をつづけた。「また、どこからかテイクアウトしてほしくなかったの。だからあなたに夕食を用意して持ってきたのよ」
それでも返事がなかったので、彼女は誰もいないオフィスの中を進んだ。箱状の作業デスクをいくつも通り過ぎるが、誰もいない。そして、一番奥の夫のオフィスへと向かった。何のためらいもせず、彼女はドアを開けた。
次の瞬間、彼女が持っていたボールが床に落ち、パスタと赤いソースが安手のカーペットの上に散らばった。
「何なのコレ?」 と彼女はつぶやいた。
「ちょ、ちょっと待って、説明するから」とカイルは言った。だが、彼の姿は、どう見ても、淫らな秘書同然の格好にしか見えなかった。赤いレザーのミニスカートとお腹が露わになった黒いトップの服装。明らかにウイッグと分かる髪の毛の彼は、サマンサが結婚した男性とはとても見えない。
「説明? ……説明って、どういうことなの、カイル? あなた、その服って……」
ちょうどその時、カイルの個人用のバスルームのドアがいきなり開いた。そして、そこから女性の声がした。「準備はできたかな、淫乱? お前に仕事を続けさせるかどうかが掛かってるんだぞ。お前がこの仕事を続ける価値があるかどうか、どんなふうに私を納得させるつもりなのか、楽しみだな」
その直後、カイルの秘書であるサオリーズが姿を見せた。小柄でネズミを思わせるブロンドの女性であるが、その時の彼女は、サイズが合わない男性用のスーツを着ており、ズボンの社会の窓からは巨大な黒いディルドを突き出していた。それをしっかり握りながら、オフィスの中に大股の歩みで入ってきたところだった。
「えっ? ヤダ」 彼女はさっきまでの偉そうな声の調子から急に自信なさげな声に変わった。「ああ、困ったわ……」
「一体何なのよ!」 サマンサが叫んだ。「これが、残業だと言ってた時にしていたことだったの? あなた……あなた、その格好ってまるで……」
「ぼ、ボクは……すまない、サム」とカイルは懇願し、両手を掲げ、サマンサを抱き寄せようとした。「そういうつもりじゃないんだ……」
「やめて!」 とサマンサはカイルを叩き、突き放した。「分かってるの? こんなこと、知りたくもなかった」 それからサオリーズの方を向いて続けた。「彼をあんたにやるわ。彼女と言うべきかしら。どんな変態じみたことをやりたがっても、あんたたちふたりの間だけのことにして」
「でも、サム、ボクは……」
「イヤと言ったはずよ! わざわざ家に帰ってこなくていいわ。すぐに弁護士から連絡がいくでしょうね」