
67 A new life 「ニューライフ」
目が覚め、まばたきをした。一瞬、何が起きたのか思い出せなかった。だが、分からない状態はすぐに終わった。バスルームの中、見回したが、何もなかった。パニックになりかかり、過呼吸状態になった。苦しく呼吸をしつつ、何が起きたのか理解しようとした。
ボクは誘拐されたのだ。寮から共用施設に行く途中、ふたりの黒服を着た男たちに待ち伏せされたのだった。気がつくと、外から見えないようにされたバンの後部座席にいた。体を縛られていた。殺されると思った。その時、男のひとりがボクに睡眠薬の注射をし、何秒も経たないうちに、ボクは意識を失った。
「よろしい」と聞き慣れない声がし、パニック状態のボクの思考を中断させた。顔を上げたら、裸の女性がいた。少なくともボクには裸の女性と見えた。豊かな胸。柔らかそうな体つき。そしてペニス。彼女にはペニスがあった。「目が覚めたようね」
「こ、ここはどこだ?」 声がかすれていた。口の中が乾いていた。「お前は誰だ?」
彼女は微笑んだ。「落ち着きなさい」と彼女はボクの横にひざまずいた。ボクの頬に手を伸ばし、優しく撫でた。「可愛いわね。どうしてあなたを選んだか分かるわ」
ボクは彼女から離れたい衝動を感じた。「な、何が起きてるんだ?」
「そうよねえ。新しい女の子にとって、これがすごくビックリすることだってこと、時々、忘れちゃうのよ」
「ぼ、ボクは女の子じゃない」
「今はまだ、ね。でも、いずれそうなるわ。どこで拉致されたの?」
ボクは彼女に話しをした。少なくとも記憶がある部分は話した。そして尋ねた。「ボクはどうなるんだ? ボクの親は、身代金なんか払える余裕がないよ」
「身代金? あら、違うわよ。そんなのが目的じゃないの」
「じゃあ、何が目的なのか言ってくれ!」 ボクは大きな声を出そうとしたが、出てきた声は、かすれてて、半分囁き声のようなものだった。涙が溢れてくるのを感じた。「何が起きてるのか教えてくれ。お願いだ」
彼女は立ち上がった。「この役目、嫌い。説明する役になるのって大嫌い」 彼女は溜息をつき、ボクに背中を向けた。目に手を当てていた。ようやくこちらに向き直ったが、心配そうな表情をしていた。「あなたが知っている人生は、もう終わったの。まず最初に理解しなくちゃいけないことは、その点。どこに住んでいたとしても、自分をどう認識していたにしても、それはもうお終い。これからは、あなたは、彼らが命ずるものにしかなれないの」
「彼らって誰なんだ?」 彼らが何を望んでいるのか、それをまず訊きたかったが、訊く衝動を抑えて尋ねた。
彼女は肩をすくめた。「正直、あたしも知らないのよ。あたしはここに来て、もう3年になるわ。彼らが誰か、いまだに分からない。彼らがどうしてあなたみたいな男の子を連れてくるのかも分からない。彼らが欲しがるような可愛いトランスジェンダーの女の子たちなんか、この世の中、たくさんいるのに。でも、うちのクライアントたちは……クライアントたちは、強制的に女の子にされる男の子を求めてたくさんおカネを出すの。一種の変態的なフェチなんだろうけど」
「クライアント?」
「あなた、娼婦になるのよ」彼女はまったく間を置かず即答した。「おカネをもらって男たちと寝るの。でも、その前に、あなたは変わらなくちゃいけないわ。たくさん変わる。彼らがあなたを仕事に就かせるようになる頃には、あなた、本当に女のような体になってるし、女のように感じるし、振る舞うようになってるでしょうね。ただ、一か所だけ違うわ。あなたの脚の間についているモノは例外。彼らは、ソコだけは残してくれるのよ。正直、それって残酷なジョークだと思うけど。どうせ役に立たなくなるんだもの。あたしたちが何を失ったかを思い出させるためのモノとして、ただぶら下がってるだけ」
ボクは再びパニックになるのを感じた。彼女が言ってることはありえないと思いつつも、彼女自身が、その言葉の生き証人になっているように思えた。「ぼ、ボクたちはここから逃げなくちゃ」と言葉を詰まらせながら言った。「そうだよ、逃げなくちゃ。ここから逃げなくちゃ!」
彼女の鋭い笑い声が、ボクのパニック状態をナイフのように切り裂いた。「逃げる?」と顔に手を当てながら言う。「不可能よ。たとえ、この建物から逃げられたとしても、外は南米のどこか知らない場所なのよ。アメリカに戻れるとでも思う? 無理よ。あたしたち、ここに居続けなくちゃいけないの」と彼女はボクの横にひざまずいた。「でも、ここの生活、そんなに悪くもないのよ。少し経てば、あなたも仕事を楽しむようになるわ。そして、あなたが上手になったら、ちゃんとご褒美も出してもらえるから。この状況を最大限に活用できるかもしれないの。でも、今は、逃げることは忘れなきゃダメ。逃げるなんて話してるのがバレたら、彼ら、あなたを見せしめにするでしょうね」
「み、見せしめ?」
「あなたの両目をえぐり取る。あなたの舌を抜く。そんな姿にしてから、勝手に生きていけって街に放り出す。そんなことされた人、見たことあるわ。あたしなら、最悪の敵に対して、そんなこと絶対に望まない。だから、諦めた方がいいの。言われたとおりにすること。そうしたら、あなたの新しい人生を、最大限にいい人生にできるわよ」