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67 Hope 「希望」 

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67 Hope 「希望」

昔……とは言っても、そんなに昔のことじゃないけど……もし、誰かが私について、男の中の男に少しでも及ばないようなことを仄めかしたら、私はその人を殺しただろう。比喩的に言ってるのではない。文字通りの意味だ。私はその人の命を奪い、しかも、それをすることは完全に正当なことだと感じたことだろう。

多くの仲間たち同様、私は私が育った環境の産物だ。……向こう見ずで、冷酷、平気で殺人をする人間。注意してほしいけど、私は言い訳をしようとしてるのではない。私は、悪い生き方を重ねてきた悪人だったし、今も毎日、それを自覚しながら生きている。しかし、あのような環境で育ったわけで、事実上、そうなる他に生きる選択肢はなかった。殺すか殺されるかの毎日。支配するか支配されるかの毎日。男になるか、ビッチになるかの毎日。そして私はビッチではなかった。

しかも、私は、男らしく生きることが得意だった。周りの誰もを、女々しい連中だとバカにした。だけど、心の奥では……今でも認めるのが辛いのだけど、でも、心の中では、自分が他の男たちと違うことを知っていた。私は頑張った。本当に、一所懸命に頑張った。自分が演じている男の中の男。本当にそうなりたいと思っていた。そして、しばらくの間は、この変装した自分こそが、演じている役割こそが、真の自分なのだと自分を納得させていた。でも、それは嘘だった。

時々、私は自分で自分自身の失脚を招いたのではないかと思う。そうすることが理にかなったことだったかもしれない。今は分からない。どうであったにせよ、警察が踏み込んできた時、私は逃走した。後ろを振り返らなかった。

ようやく警察の踏み込みによる騒動が落ち着いた頃には、私はすでに国の半分は横断していた。新しい名前、新しい身分を得た。目の前に新しい人生が広がっているのを感じ、これを機会に、ずっと前からなりたいと思っていた人間になろうと決意した。

難しいことだったけれど、自分が本当になりたいと思ってるものに向けて頑張っているのだと思えたから、これが一番良い形だったと思う。20年にわたる偽りの男らしさを拭い去ろうと必死に頑張った。自分に強いるようにして、それまでの人生であれほど大きな部分を占めるようになっていた男らしい振る舞いを捨て去った。古いアイデンティティを放り投げ、新しい女性的な自己を全面的に受け入れた。

そして、ああ本当に、私は幸せを感じた。それまでの人生で初めて、幸せを実感した。確かに、女性への移行期間中は、それなりにじろじろ見られた。笑い声も聞こえた。性差別的な憎悪の言葉も浴びせられた。でも、体が変わりながら、新しい外面に包まれ、より居心地がよくなりながら、私は間違いなく幸せを感じていた。

その幸福感は怖くもあり、自分のものではないような感じもあった。私はこんな幸せを受ける価値がなかった。自分がしてきた悪事の数々、それまでの自分という人間のことを思えば、こんなに幸せになる価値がないと。

振り返ると、私はふたつの異なった人生を生きていたように感じられる。思い出の中で男だったことで良かった思い出がほとんどない。

突き詰めると、以前と比べて最も大きな違いは、今の自分は未来に向けて希望があるという点だと思う。以前は、自分の人生は破滅に向かう運命だと思っていた。でも今は? 今は本当の人生に向けての希望がある。幸せな人生に向けての希望。そして、思うに、それこそ誰もが求めているものなのだ。


[2018/04/27] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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