67 Lover's fight 「恋人のケンカ」
「何を考えてる?」とリアムが訊いた。顔を上げ、シェリーズが何か考えながらパンツを履くのを見ている。
シェリーズは顔を背け、しばらく髪の毛をいじっていた。そして、ようやく返事をした。「お家のことを思っていたの」
リアムは溜息をついた。「そのことはもう終わったと思うけど? もう戻ることはできないんだよ。実家に行くのも無理。それがどれだけ危ないことか知ってるはずだよ」
シェリーズはベッドに腰を降ろした。「それ、あたしが繰り返して言われなくちゃいけないって、本気で思ってる?」 声には鬱屈した調子が籠っていた。「うちには帰れないって分かってるわ。だからと言って、うちのことを懐かしく思ってはいけないってことにはならないでしょ?」
「懐かしくって、どこを?」リアムも彼女の横に座った。「正直言って、何か楽しい思い出がある? 僕が覚えている限りでは、君のお父さんのせいで、君にとって、君のウチは地獄になっていた。だからこそ、僕たちはあそこから出てきたんだよ。覚えているはずだよ?」
「ええ、完璧に覚えている」とシェリーズはつぶやいた。「なんなら、父のせいでできたアザを見せなくちゃダメ? ベルトを握った父がちょっと夢中になりすぎたときにつけられたアザだけど。それとも、姉の人形で遊んでた時を見つけた父があたしを何回殴ったか数えなくちゃダメ? それとも……」
「じゃあ、どうして、実家に帰りたいと思うんだ? 酷い記憶ばっかりの恐ろしい場所じゃないか」
「でも、あそこがあたしの家だから。あなたも自分の家族のことを想うことがあるでしょ? 家族に会いたいと思わないの? お母様に自分は大丈夫だよって伝えたくないの? もう一度だけ、妹さんを抱きしめたくないの?」
リアムはシェリーズの肩に腕を回した。「もちろん、そうしたいよ。でも、もし実家に帰ったら、君のお父さんは君を殺してしまうだろう。僕はそんなことは絶対に起こさせない。君は僕にとってすごく大切な人なんだ」
「こんなふうになっていなかったら、どんなにいいのに」とシェリーズは囁いた。
「でも、現実は現実だよ」 そうリアムは言い、溜息をついてベッドに仰向けになった。「君と初めて会ったときのことを思い出すよ」
「ほんと? あたしたち、赤ちゃんの頃からの知り合いじゃないの」
「いや、本当の君に出会った時だよ。僕がシェリーズに初めて出会った時のこと。覚えている?」
「あの日、庭でのことね……」とシェリーズは、虚空を見ながら囁いた。「あの時、あの庭では自由でいられると思っていた。召使たちはすでに仕事をしに出て行ったし、両親も用事で町に出かけていた。あたしだけだと思っていたわ」
「でも、そうじゃなかった。僕は君があのドレスを着てる姿を見て、衝撃を受けた。君は腰をかがめて、花の香りをかいでいた。君が微笑んだ瞬間、僕の心はとろけてしまった。あの瞬間、君を守るならどんなことでもしようと思ったんだ」
「あたしだと分かったの? あの時のあたしがあなたの主人の息子だと分かったの? 本当は別の可愛い女の子を見ただけじゃないの?」
「ちゃんと君だと分かっていたよ。そして、可愛い女の子だと思った」
「あたしたち、これからどうしたらいいの?」 シェリーズは涙を浮かべながら訊いた。「いつまでも逃げ続けるわけにはいかないわ」
「僕にも分からない。でも、僕たちが一緒でいる限り、僕はそれで満足なんだ。君を愛してるんだ。つまり、もし、それが、君を危険に晒さないということなら、一生逃げ続けるつもりでいるんだよ」