67 Me too 「私も」
ヘザーはワクワクしていた。1年半ぶりに故郷に帰るところで、一刻も早くみんなに会いたいと思っていた。フライトは退屈だったし、バッゲージ・クレイムもイライラするほど遅かった。生まれ育った実家へ向かうタクシーも、いちいち停車して、すごく長く感じた。でも、ようやく、今は実家の玄関わきのポーチに立っている。よく、午後になると、このポーチで本を読んでいたっけ。そして、この玄関ドア。ここを通ったのは数えきれない。どういうわけかヘザーはちょっとドギマギした気持ちになっていた。
一度深呼吸をし、ドアノブを回し、扉を押し開けた。その直後、彼女のバッグは音を立てて床に落ちた。ヘザーは目の前の光景に唖然として、ただ前を見つめるだけだった。
ヘザーがよく知っている白っぽい革製のカウチの上、全然、見覚えのない3人組がいた。ふたりの男性の間にブロンドの女性がいる。彼女の唇はひとりの男の褐色の長いペニスを包み込み、もうひとりの男は挿入を途中でやめて、ヘザーの方に顔を向けていた。
「な、何これ?……一体何なの?」 ヘザーは目を背けることもできず、あわてた声で叫んだ。「あんたたち誰なの? あたしのパパはどこ? どうして、あんたたちあたしの家で……」
真ん中にいる女性が顔を向け、それによって、咥えていたペニスが口から抜けた。ペニスと唇に唾液の糸が垂れていた。「ここで何をしてるの、ヘザー?」
「何? どうしてあたしの名前を知ってるの? それに……え?……ま、まさか……」
ようやくヘザーは、その女性が誰かを認識したのだった。髪は違う。カラダも変わっていた。それに、こんな格好になっているのは見たこともないのは確か。だけど、その女性の瞳をよく見ると、そこには彼女の父親がいるのが見えた。
今やエロ女になってしまったと思われる彼女の父親が体を起こした。「話し合いをしなくちゃいけないようね」 ヘザーの父がお腹のと心に丸まっていた赤いスパンデックスのドレスを正している間に、男たちは申し訳なさそうな顔をしつつ、無言のまま服を着、驚くほど短時間のうちに、家から出て行った。今はヘザーと彼女の父親だけになった。
「一体何が起きてるの!」 とヘザーが訊いた。
「ええ。電話をくれたらよかったのに。どういうふうにカミングアウトするか、すっかり計画を作ってあったのに。でも、信じて。その計画では、パパがふたりの男に挟まれて、3Pの真っ最中になっているのを見せるなんて含まれていなかったということだけは。でも、こんなふうになってしまった」
ヘザーは父親の馴染みのある言葉遣いが、女性の紅を塗った唇から出てくるのを聞いて、身の毛がよだる気がした。 「じゃあ、パパはゲイだと言うこと?」
「ゲイ? 違うわ。ヘザー? パパは女性なの。生まれてからずっとそう感じていた。でも、その方向を探り出したのは、お前のママが死んでから。そして、お前が家を離れて大学に行くようになってから……まあ、もはや、男のフリをし続ける理由がなくなったと思ったのよ」
「ふ、フリって……」 ヘザーはつぶやいた。心が、自分の父親がトランスジェンダーだと言った事実をうまく包み込むことができなかった。
「本当にごめんなさい」と、父であった女性が言った。「でも、願ってるの……ひょっとして、あなたなら、このパパのことを理解できるのではないかって」
ヘザーは何を言ってよいか分からなかった。だた、「私もそう願ってる」としか言えなかった。