ウェンディは両手をお腹の前で組んで、指をもじもじさせていた。うつむいて、自分の手を見つめている。本当に痛々しい感じに見えた。一日中、話したいことを言う機会を待っていたようで、同時に、それを言うのを怖がっているのがアリアリとしていた。
あたしは手に持っていたスプーンを置いて、ウェンディに近寄り、両手を優しく握り、指をもじもじ動かすのをやめさせた。ウェンディは顔を上げ、あたしを見て、純真そうな表情で微笑んだ。
「思っていることを話して、ウェンディ」 できるだけ落ち着いた声で訊いたけれど、内心、あたしは怖くて仕方なかった。
彼女は、またも黙ってしまったけれど、この時は、あたしはじっと待ち続けた。ウェンディの心の準備ができるまで待つ必要があるのは明らかだったから。そして、ようやく、彼女は一度深呼吸して、話し始めた。
「今日、あなたの部屋で起きたこと、自分でもよく分からないの。でも、本当にごめんなさい。謝りたいの、心から」
あたしはビックリしてしまった。ウェンディは、あたしなんかと関わりたくなかったと言うとばかり思っていたのに。そうでなくても、あたしに、ここから出て行ってと言うとばかり思っていたのに。
「謝るって、どうして?」
ウェンディは片手を掲げて、話しを続けさせてと示した。あたしは黙っていることにした。
「私の言うことを聞いて。ラリッサ? あなたは病気の状態にあるって言った。はっきりと。それで、私は当然のように好奇心を持ってしまったの。だって……だって、その病状、すごく珍しい病状だったから。でも、やりすぎてしまったように思うの。よく分からないけど、何か知らないモノにコントロールされていたような感じ。でも、あんなことをする権利なんて、私にはなかったわ。気持ちよかったかどうかなんて、関係させちゃいけないし(でも、ラリッサ? あれ、すごく気持ちよかったの。恥ずかしいけど)。でも、なんであれ、本当にごめんなさい」
「ウェンディ……」 あたしは彼女の気持ちに感動してた。そんな気持ちにならなくちゃいけない理由なんか、全然ないのに。彼女の言葉に、安堵の波が体じゅうを洗い流すのを感じた。「謝る必要なんかないのに……あたしも……あたしもウェンディと全く同じように感じていたの。あなたと同じくらい、ああしたかった。そして、同じくらい、あの出来事で悩んでしまったの」
「ありがとう」 ウェンディはほとんど囁き声で言った。
顔を上げると、ウェンディの目に涙が溢れてるのが見えた。悔やんでる彼女を見て、あたしも同じ気持ちになった。そして自然と彼女の肩を両腕で抱いていた。キッチンで、彼女とふたり抱き合った。ふたりとも、気恥ずかしいい気持ちはあったけど、相手が愛おしい気持ちは同じだった。上手く言葉で表せないけど……何と言うか、セックスするよりもずっと親密になったような気持ち。
「あたしたち……いい?」と訊いた。これは、一日中、悩んでいた質問。忘れちゃおうと思っていたけれど、ずっと気がかりになっていたこと。
「まだ私の友だちでいたいと思ってくれてるの?」
まるで、信じられないことのような言い方で、ウェンディは訊いた。
「もちろんよ!」
思わず大きな声が出てしまった。
「ウェンディは美人だし、頭は切れるし、可愛いし。誰でもあなたの友だちになりたいと思ってるのよ!」
そこまで言い終えた後、恥ずかしくなって顔が赤らんだ。ウェンディに彼女に対する気持ちをあからさまに告白するのって、ちょっと難しいことだったけど、どうしても彼女にはあたしの気持ちを分かって欲しくてはっきり言った。さっきの出来事、ウェンディには何の落ち度もないんだって。
「ラリッサ……」 ウェンディはハグをやめて、あたしを見つめた。「私、あなたのことが好きよ。大好き。あなたとお友達になりたい。さっきの出来事で、それが台無しになっていなければいいんだけど。それに、私たち友達になれると思うし。……でも、今日のあの出来事ってすごく気持ちよかったけど、もし、アレをまたやってしまったら、私たち友達ではいられなくなると思うの。何と言うか……友達ってああいうことはできないものでしょ? 私はあなたのことをお友達としてとても大切に思ってるので、セックスのためにあなたという友達を失いたくないの。たとえ、最高のセックスだったとしても、それはイヤなの」
あたしは彼女の言ってることをちょっと考えた。確かに、あたしは最初ウェンディとセックスする気なんかなかった。それは確かよね? (実際、それについてあまり深く考えていなかったし)。そして、今、あたしが最初に欲しいと言ったことすべてが実現している。同じ年代の仲間たちのグループに入って、みんなと楽しく付き合うということ。それだけを願っていた。そして、それが実現している。
「ウェンディの言う通りだと思う」とあたしは言った。その途端、彼女は安心した顔になった。「だから、何と言うか、何も起こらなかったことにして暮らしていかない?」
ウェンディは頷いた。「そうだといいわ」
彼女の肩が持ち上がったように見えた。ウェンディが罪の意識で重荷を背負い、自然と背中が丸くなっていたのは明らかだった。それにしても、あたしみたいな女ならいざ知らず、ウェンディほどの美人でチャーミングで明るい女の子が、人付き合いのことで心配するなんて、不思議だなと思った。
そして、ひょっとして、他の人みんなも、あたしがずっと感じていた疎外感を感じているのかもと思った。ただ、他の人は、その気持ちを隠すのが上手なだけと。