その2時間後、あたしは自分の部屋に戻った。あたしとウェンディとジーナの3人で、おバカなラブコメ映画を観た。普段は、こういう映画はあたしの趣味ではないけど、彼女たちと一緒に観るのは楽しかった。ふたりとも、ストーリーの進み具合にケチをつけて笑ったり、映画の中の誰が一番イケメンかを言いあったり。楽しかったし、あたしまでも、その話しに加わっていた。そういう経験はなかった。
ジーナは、ちょっと天然系ところがあるけど、いい人ぽかった。そしてウェンディはと言うと、彼女の言葉通り、とても優しくしてくれた。気がねするようなところは少しもなくて、オープンにあたしを仲間に入れてくれた。
3人で一緒にいて変なところがあったとしたら、あたしが持っていた「白濁シェイク」だけだったかもしれない。ともかく、映画が終わったときには、そのカップは空になっていた。あたしとしては、彼女たちと夜更けまでふざけていたかったけれど、ウェンディが明日の朝の1講時に授業があるというし、それを聞いて、あたしもそうだったと思い出し、結局、お開きになった。あたしは、こんな楽しい気分になったのは久しぶりと思いながら、空っぽのカップを手に自分の部屋に戻った。
部屋に入りドアを閉めた途端、背中から声がした。
「あのねえ、あんた……」
大きな声。文句を言いたそうな声。あたしはビックリして、ヒーっと悲鳴を上げた。振り返ると、案の定、リリスがいた。今まで以上に怖いくらいにキレイになっている。あたしの真後ろに立って、手に自分のしっぽを握り、振り回している。
「あんたねえ、ウェンディとエッチしてた間、何度も言ったでしょ。ジーザスとかゴッドとかって」 彼女はそう言いながらあたしに体を擦りつけるようにして通り過ぎ、ベッドに行った。「でもねえ、それってちょっと不躾だと思うんだけど? なんだかんだ言っても、あんたがエッチできたのはあたしのおかげなのよ。キリストや神のおかげじゃないの。つか、あいつ? 誰でもいいわよ。三位一体とかって話し、ややこしいし、聞いてて飽きてくるのよね。重要なことは、ちょっとはあたしに感謝してくれてもいいんじゃないってこと」 そう言って、リリスはピョンと跳ねてベッドに座った。
「感謝?」 いまだにあたしは彼女が現れるとショックを受けてしまう。実在してるのがこれほど明らかなのにも関わらず。
「このベッド、いまも、スペルマとか汗の匂いがするわねえ。この匂い、あたしの匂い。このタダレタ匂い、大好き」
リリスはそう言ってうっとりと目を閉じた。あたしは彼女が何に感謝してほしがっているのかようやく悟った。
「エッチしたいなんて、一度も言ってないけど? こういうことになってほしいなんて一度も言ったことないわ」
リリスはあたしを見てニヤリと笑い、舌をチッと鳴らした。
「それを言うなら、あんた、あんたは一度も自分が望んでることを言っていないじゃない。違う? まさか、あの可愛い女の子の体をじっと見てたりしなかったって振る舞うつもり? ヤメテよね。まさか、あのカラダを鑑賞してたとかって言うつもり? 審美的にって?」
リリスは、また例のククク笑いをした。あたしは頬が赤くなるのを感じた。でも、リリスの言うことは正しいのでは? 正直、あたしも今日はあの後、ずっとその質問をめぐって頭がぐるぐるしていたわけだし。でも、あたしは、まだその問題に真正面から立ち向かう準備はできていなかった。
「だからと言って、あたしは本当の自分だったら、あんなことしなかったわ。あんたがあたしを変えたんじゃないの!」
「んもう、変えてほしいとお願いしたのはあんたでしょ? キンタマが欲しいというから、つけてあげた。キンタマを持ってる人間は女の子に対して強い情熱を持つ傾向があるのは当然。必ずとは言わないけど、そうなることが多いわね。あんたは前からその方向に進んでいたのよ。キンタマがついたのは最後の一押しにすぎないの。それを契機にあんたが元々持っていた性質が加速されただけ」
リリスはそう言ってベッドに仰向けになった。まるであたしを誘惑してるみたいにセクシーに体をあけっぴろげにして見せた。リリスの言葉を聞いて、正直、なるほどなと思った。ポイントを突いている。
「でも、ウェンディはどうなの? あなたは彼女を変えなかった。なのに彼女は……ウェンディは自分が自分をコントロールできなかった感じって言ってたわ。あたしも同じように感じた。これって、キンタマとは何の関係もないんじゃない?」
「10代の男子になった経験がない人はそういうこと言うわよねえ」とリリスは笑い出した。「でも、まあ認めてあげてやってもいいわ。確かにちょっとややこしいことがあったからねえ。いい? あたしはあんたにキンタマを授けた。でも、もちろん、あんたはキンタマは欲しいけど男になりたいとは思っていなかったとあたしは考えたわけよ。それは間違っていないと思うけど。で、あたしは、普通、キンタマと一緒についてくる事象をいくつか省いたわけ(分かるでしょ、男性ホルモンが増えるとか)。感謝しなさいよ。そのおかげで、あんたはヒゲが生えたりズングリした体格にならずに済んだんだから。でも、それを省いた以上、別のモノで補わなくちゃいけなかったわけよ。と言うわけで……ちょっとね、フェロモンを余計に加えたわけ。もちろん、あんたには性ホルモンをね。それで、ヒゲとかズングリ体格の埋め合わせができたわけ。でもねえ、そのせいであんたの性欲が増えちゃったかも。それにあんたの性的魅力も。でも、それってさあ、ポジティブな変化だと思わない? 違う?」
リリスは、この話しが全部理屈が通るはずと言わんばかりの様子で言った。でも、それを聞いて、あたしはいっそう動揺してしまった。リリスの言うことが本当だとするとウェンディの反応も説明がつく。
「あたし、ウェンディに悪いことをしてしまった気分だわ。彼女の同意なしにヤッテしまったような気持ち」
「あたしを信じなさいよ」とリリスは言った。「フェロモンだけでは、途中までしか行かないの。そもそも、まずは、何か別の理由で、相手に惹かれていないなら、相手をその気にさせることはできないの。彼女はあんたのことを前から可愛いと思っていたのよ。エッチしたいほど可愛いと思っていなかったかもしれないけど、好意を持っていたのは確かね」
それを聞いて、ちょっと気分が良かったけれど、リリスが本当のことを言ってるかどうかは自信がなかった。もっと言えば、そもそも、リリスが信用ならない点が最初からの問題。リリスは、何かしたと言うけど、実際にしたことは何か別のことばっかりだった。リリスに何か毅然と言ってやらなくちゃと、あたしは彼女の前にズカズカ進んだ。
「ちょっと聞きなさいよ、リリス。あんたがあたしがお願いした通りのことをしてきてるのは知ってるわ。でもね、あたしは、実際にもらったモノは欲しかったモノじゃないのよ!」 自分でも変なことを言ってるのは分かっていた。
「好きなこと言ってな」 とリリスは退屈そうに天井を見ながら言った。「あんたがあたしの遊びに飽きてるのと同じくらい、あたしもあんたの遊びに飽きてきてるの。最後の願いを早いとこ片づけちゃいましょ」
「いいわ。あたしは普通になりたい。今までのはどれもあたしが求めた形じゃなかった。あたしは普通になりたいのよ」
リリスはびっくりした顔であたしを見た。
「普通? あんた、今の姿の何がイヤなの?」
「とんでもない奇人になってるじゃない! お乳が溜まり続ける巨乳と、この忌々しいおちんちんの両方なんて!」
「まあね。正統的じゃないのは確かね。でもさ、あんた、結局、自分が欲しいモノを手に入れたんじゃないの? あんたは独りぼっちがイヤだったけど、今はそうじゃないでしょ? 前より楽しく友達付き合いができそうと思ってるんじゃないの?」
一瞬、あたしは言葉に詰まってしまった。リリスは正しかった。今、あたしには友達がいるし、もっと友達ができそうな予感がある。それに、あたしはバージンも卒業した。というか、思っていた形じゃないけど、ともあれ性体験は済ました。このおっぱいも気に入っている。……それに正直に言えば、このおちんちんも嫌いじゃない。
そんなことを思っている間、リリスはあたしをじっと見ていた。
でも、ふとウェンディのことが頭に浮かんだ。リリスとどんな話し合いをしようが関係ない。今のままでいると、あたしは絶対、またウェンディが、ウェンディのカラダが欲しくなってしまう。友達としてウェンディと付き合っていくなら、今のこの道具を手放す必要がある。じゃないと……。
「確かにあんたには助けられたわ」とあたしは認めた。「本当よ。あんたがいなかったら、ウェンディとお友達になれなかった。でも、あたしはどうしても普通になりたいの。そうならなくちゃいけないの」
「じゃあ、ちゃんと、お願いの言葉にして言って」とリリスは言った。彼女の瞳が燃えていた。どうして、言い直さなくちゃいけないのか分からなかったけど、怖気づいてしまう前に、言ってしまわなくちゃと思った。
「お願いです。もう、変人じゃなくしてください」
「ハイ、完了!」 とリリスは言い、尻尾をぶるんと振り回した。今回は、アレにやられないようにと身を屈めた。でも、甘かった。前方からの打撃は避けたけど、返りの方は防げず、あたしは後頭部を打たれ、気絶したのだった。