着替えにはあまり時間がかからなかった。ただ、コルセットは別で、紐を引き、縛るのに手間取った。僕の着替えが終わると、トレーシーは僕にハンドバッグを渡した。その中に、口紅グロス、コンパクト、香水、それにIDカードを入れた。IDカードには僕の男の写真と情報が出ているので、できれば使わずに済んで欲しいものだと思った。
トレーシーが運転する車は、丘陵地帯を抜け、市街地に入り、大きなモールの1つに入った。運転しながらトレーシーは僕に訊いた。
「ナーバスになっている?」
「もちろんです。こんな格好をして出かけたことなんてないんですから」
トレーシーは僕のあらわになっている太ももに手を乗せた。
「私を信じて? 誰も、あなたの正体には気づかないから、大丈夫。そのスカートを捲りあげて、中を覗かれたら別でしょうけど。それに、その小さなおちんちんじゃ、気づかないかもしれないわね」
「そんなに小さくはありませんよ。知っているでしょう?」 僕は弁解がましく反論した。
「うふふ。ごめんなさい。確かに、そんなに小さくはないわ。でも、私は、もっとずっと大きいのに慣れているものだから。何もあなたの気分を害そうと思って言ってるんじゃないの。でも、あなたのは、私の中に入ったものの内では一番小さいわ。気持ちよかったのは事実だけど。ともかく、何も心配しないこと。ちゃんと女の子のように振舞っていれば、誰にも分からないから」
僕が心配する暇などなかった。その会話が終わったのとちょうど同じに、車はモールの駐車場に止まったのである。
モールの通路を歩き進む途中、僕たちは宝石店に立ち寄った。中に入ると、トレーシーはイヤリングをいくつか見て回り、カウンターに立っている女性に声をかけた。
「このイヤリングと、スターター用のセットをください。ここにいる私の友だちが、耳にピアスをつけたがっているの。両方一緒にね」
僕にイヤリングをしたいのかどうか訊きもせず、その女性はカウンターから出てきて、拳銃のような装置で僕の耳たぶに2回ずつ穴を開け、イヤリングをつけた。トレーシーはさらに女性用の時計も買ってくれた。前の僕の時計は、今の身なりにはあまりにも男性用っぽく、僕は時計をつけてこなかったからだ。これで時間が分かるようになる。
次に僕たちは、予約してあるという美容院に行った。そこのフレデリックという人は、まさに僕が予想していた通りの人だった。背が高く、とてもやせた人で、女性的なところがある。彼がゲイで、それを隠そうとせず、むしろ自慢しているのは疑いようがない。彼は、トレーシーと僕の髪型について話しをしながら、僕の周りをふわふわ浮かぶように飛び回っていた。3分後、僕は髪を洗うために別の女の子と共に、サロンの奥へ連れられた。その間、トレーシーとフレデリックは話を続けていた。
洗髪が終わると、また別の女の子が僕を案内し、椅子に座らせた。彼女は僕の髪をローラーに巻きつけた。それから、髪を巻きつけたローラーの一つ一つにアンモニアの匂いがする液体をかけ、その後は、ネール担当者に僕を任せた。
ネール担当の女性は、まずは、それまでつけていたつけ爪をきれいに剥がし、別のつけ爪を付け始めた。同時に、また別の女の子がやってきて、僕の化粧を落とし、顔にフェイシャル・マスクをつけた。
フェイシャル・マスクが乾く間、先に僕の髪にカーラーをつけた女の子が戻ってきて、もう一度、僕の髪を洗った。そして、もう一度、カーラーを巻きなおし、ヘア・ドライヤーの下に座るよう言った。髪が乾き終えるまでに、僕のフェイシャル・マスクは剥がされ、指の爪にも、足の爪にも、何層も塗料が塗られていた。
僕はすでに2時間以上、サロンにいたと思う。ようやく、フレデリックのところに連れて行かれ、ヘアスタイルを決めてもらうことになった。フレデリックは、トレーシーが僕にフル・トリートメントをさせるために僕を連れてきたことが、いかに素晴らしいことか、延々とおしゃべりを続けていた。トレーシーが僕のために500ドルを軽く超える額を払っているということを、フレデリックはおしゃべりを通して、僕に確実に教えていた。僕はその額を聞いて、愕然とした。
「そうなのよ、あなた。分かって? 私は安い仕事はしないの」
彼は、力のない手首をくねくねと波打たせながら僕に言った。
「まあ、とは言っても、これ以上はお金は取らないから。でもね、この私も、2ドルくらいで、誰の髪の毛でも切っていた時代があったのよ」
フレデリックは、彼が髪を切った、さまざまな有名人や金持ちたちの名前を挙げ、その裏話もいくつか話していた。僕の髪を切り終えると、彼はスツールに腰を降ろし、今度は僕のメイキャップに取り掛かった。
フレデリックは、僕の唇のメイキャップをしている時に、僕の正体に気づいたようだった。
「まあ、これはこれは。こんなびっくりゲストは初めてだわ。でも、心配しないでね、可愛い子ちゃん。トレーシーにはあなたが男の子だってことは言わないから。でも、その喉仏(
参考)が隠れるようなものを着たほうが良いかも知れないわよ。そんなには目立たないけど、でも、しっかり見たら誰でも気づく可能性はあるわよ」
フレデリックは、その後も、何も普段と変わらないようにメイキャップを続けた。一通り終わると、僕を鏡の前に立たせた。
「これでどうかしら?」
僕の髪は、カールがいっぱいになっていた。依然と同じ長い髪のままだったが、前より2倍は髪の量が増えたように見える。
「ありがとうございます。フレデリックさんのおかげで、私、素敵になりました」
フレデリックは僕の肩に手を回して言った。
「どういたしまして。それはそうと、これからは、毎日、髪を洗って、乾かす時は、ドライヤーをクールにセットしてブラシをかけながら乾かすのよ。そうすれば、ちゃんとカールが元通りになるはず。・・・それにこれは小さい声で言うけど、男の子に戻る時は、ムースをいっぱいつけて、後ろに髪をまとめるようにして、櫛をかけるの。いいこと? さ、それじゃ、トレーシーにお見せしましょう? どう言うかしら?」
すでに午後4時、サロンに入ってから4時間以上経っていた。トレーシーは待合いの椅子に座っていた。顔を上げて僕を見ると、満面に笑みを浮かべ、立ち上がった。僕に近づき、キスをした。
「まあ、ホント、素敵よ!」 それからフレデリックに顔を向けて続けた。「とても素敵。素晴らしい仕事をしてくれたわ!」
「まあ、ご親切なお言葉ね、トレーシー。彼女はもともと、扱いやすい髪をしていたのよ。今度いらっしゃる時も、彼女を連れてきてね。では、美しいご婦人方? 私は別のお客様がまってるので、ちょっと失礼しますね」
僕たちはサロンを出た。出るとすぐにトレーシーが僕に顔を向けて訊いた。
「それで? 誰か気づいた人がいた? それにしても、あなた、本当に可愛いくなったわ」
「フレデリックだけ。僕の喉仏を見て、僕が男だと分かったらしい」
僕は少しがっかりしながら答えた。トレーシーは僕の手を握った。
「ばれるとしたら、彼だけだとは思っていたわ。でも、他の人は誰も気づかなかったわよ。フレデリックは、あなたの前にも、シーメールを何人か見てきてるから、どこを見ると分かるか知ってたのよ。彼、すぐに気づいたの?」
「いや、そういうわけではないと思う。僕のメイキャップがほとんど終わる頃になって気づいたみたい。実際、僕のことを知ったとき、凄く驚いていた」
トレーシーは僕を笑顔で見下ろした。
「ほら、彼もあなたが男の子だなんて、ほとんど分からなかったんじゃない。誰も気づかないって言ったでしょう? フレデリックなら、ほんの小さな違いに目を向けることに慣れているので気づいたのだろうけど、他の人ならまず分からないわよ」
僕たちはモールの中を歩き、2軒ほど別の店に立ち寄った後、モールを出た。トレーシーは、彼女自身の服とマークのためのものに加えて僕にも2着ほど新しい服を買った。それから夕食のレストランに行き、その後、家に戻った。
その夜も、前の夜と同じようにして、僕たちは愛し合った。違いがあったとすれば、前夜の時よりも、快感が増していたということだった。なぜ、昨夜より気持ちよかったのか、分からない。多分、次に何があるか分かっていて、それを期待しながらセックスしたからだと思う。ともかく、僕はまるでロケットの打ち上げのように、激しく達したということ。今回は、僕は疲れきって眠り込んでしまうことはなかったので、行為を終えた後、僕たちは話し合う時間があった。
トレーシーは僕を両腕で抱きながら言った。
「金曜日にマークが帰ってきたら、いろいろ事情が変わるのは分かってるわね」
僕は、それは分かっていたが、聞きたくない気持ちだった。顔を彼女の胸元に埋めて言った。
「分かってる。それって、もうこういう風に愛し合うことはできないということ?」
トレーシーは僕の髪を指で梳いた。
「今までとは変わる。今は、それしか言えないわ」
この件についてはそれ以上の話しはなかった。僕たちは、ただ抱き合ってキスを続けた。そして僕はいつしか彼女の腕の中で眠っていた。
木曜日は、その週の他の日と、あまり変わらなかった。トレーシーは、入浴し、着替えを済ませた後、何の用事か知らないけれど、それをしに出かけた。僕は家に留まり、掃除をし、洗濯の残りをした。
マリアは少し違っていた。その日一日中、マリアは僕をからかい続けた。僕が見ていないといつも、僕の後ろにそっと忍び寄ってきて、僕のお尻をつねった。ある時など、僕の後ろから体ごと覆いかぶさろうとすらした。ではあるけど、すべてふざけてしていることで、僕はあまり気にしなかった。僕も、マリアが気づいていない時に、2度ほど、仕返しにお尻をつねってやったのである。
木曜の夜は、トレーシーと2人で楽しめる最後の夜だった。僕たちはゆっくりと味わうようにして情熱的に愛し合った。2時間以上愛し合っていたと思う。そして、最後には疲れきって眠ってしまった。2人とも、2人っきりで愛し合えるのは、これが最後で、次の機会まで、何週間か待たなくてはならないだろうと分かっていた。
つづく