68_Rachel 「レイチェル」
「こ、こんなこと上手くいくはずがないよ。そうだろ?」とボクは、ビキニのトップの肩ひもをいじりながらつぶやいた。「誰もボクは彼女だと信じないと思うよ。それに、たとえ信じたとしても……」
「大丈夫だって」 とキースがボクを遮って言った。彼はじっとボクを見つめた。その彼の目に浮かぶ表情を見て、なおさらボクは居心地が悪くなった。「彼女そっくりだよ」
「着ると落ち着かないんだよ」とボクはビキニの下の方を手にした。小さすぎる。小さすぎる布地に糸みたいな紐がついているだけ。それを公の場所で着るなんて、間違いなく、恥ずかしさの極みだと思った。でも、仕方なく、それに、すべすべ肌の脚を通した。
「平気でいられるようになるんだ。これは大事なことなんだよ、レイチェル」
「その名前で呼ばないで。すごく変だよ」
「でも、これから2ヶ月くらい、君はレイチェルになるんだよ。君も同意しただろ? 君もそうする必要があるんだろ?」
ボクは顔をそむけた。もちろん、キースの言ったことは正しい。彼が最初にこのアイデアを言った時から、ボクには正しいと分かっていた。そして今、姉のビキニを着て彼の前に立ちながら、改めて、正しいと認識しなおす。何も変わっていない。ただ、このアイデアが現実になりかかっているということ以外は。
あたしは腰を降ろし、両手で顔を覆った。「どうして彼女はボクにこんなことをしたんだ?」と呟いた。
気がつくと、キーズが隣に座っていた。逞しい腕をボクの肩に回していた。「彼女が自己中の最低女だからだ。誰より、僕自身がそれを知っている」
彼は正しい。ボクは自分自身の不快感にかまけて、彼の痛みを忘れていた。レイチェルが失踪したことにより、ボクは姉を失ったのだが、キースはフィアンセを失ったのだ。
「あっという間に終わるよ。2ヶ月くらいかけて、君はレイチェルとして人々に知ってもらう。そして結婚式。そして、君の存在は消えてもらう。君が思ってるほど悪いことじゃないよ」
計画は理解していた。それに、ボク自身、不安を感じてはいたけれど、キースが会社から追い出されてしまわないように保証するには、これしか方法がなかった。その会社は、彼がボクの姉と一緒に設立した会社だ。でも、彼のガールフレンドのふりをするというアイデアは、ボクにとってあまり楽しめる考えではなかった。ボクは、どんなにレイチェルに似ていようとも、女ではない。それに、キースがこのアイデアを得てボクに近づいてきた時、ボクは女の子のフリをすることすら、一度も考えたことはなかった。実際、ほんのちょっとお化粧して、高価なウイッグを被り、ちょっとだけ胸に詰め物をしただけで、こんなに自分が変わってしまうのかと、恐怖を感じたほどだった。
「そして、すべてが終わったら、ちゃんと、代償の分をボクに出すんだよ」と、ボクは、ボクがこの計画に乗った理由のことに触れた。「それが約束だったんだからね?」
「ああ、約束だ」と彼は頷いた。「さあ、そこのアレをテープで内側にしまってくれ。それから、お客さんたちを迎える準備に取り掛かろう」
ボクは心の中でうんざりした唸り声をあげた。どうして、ボクをレイチェルとして大々的に紹介するパーティが、プールでのパーティでなければいけないのか、理解できない。だけど、ボクは頷き、小声でつぶやいた。「あたしはレイチェル、あたしはレイチェル、あたしはレイチェル………」と。
パーティが始まる頃までには、ほとんど、ボク自身も自分はレイチェルだと思い込んでいるだろう。