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Survive 「生き残る」 

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68_Survival 「生き残る」

その人は背が高く、細面で鉤鼻をしていた。そのため、特にハンサムとは言えないが、印象的な顔をしていたと言える。あたしのお客さんの大半に当てはまることだけれど、この人も、このような機会のために、それなりの服装をしてきていて、この人の場合は、高価そうに見える青いスーツと赤いネクタイを締めていた。濃い色の髪の毛は短く刈り揃えられ、あごには剃り残しを思わせる部分が全くなかった。

「この仕事の調子はどうなのかな?」と彼はコートを脱ぎ、ベッドの上に放り投げた。そして、シャツのカフスボタンをいじりながら、質問をつづけた。「まずは、お喋りをして、互いに知り合うのかな? それとも、今は、『直ちに始める』といった状況なのかな?」

あたしはいつもの作り笑いをした。「お客様の好きなやり方でいいわよ」とあたしは片手で彼の腕をさっと触れた。この巧妙な接触はお馴染みのサインで、これからはるかにもっと接触することを示すサイン。「すべて、お客様次第」

彼は微笑んだ。冷たい、死人のような表情で、あたしは裸の背中に寒気が走るのを感じた。急に、どこかに行きたくなった。……どこでもいい、ここじゃないところに逃げたいと。その不快感を隠そうと、あたしはゆったりと背伸びした。そのポーズはあたしの裸体を隅々までじっくりと客に見せる効果を持つのを、あたしは知っている。このカラダを作るのに、多くの時間、労力、そして金銭をつぎ込んできた。この自慢の作品を見せることに不安はまったくない。それでも、彼の視線があたしの柔らかい白肌を舐めるように這いまわるのを感じ、どうしても身震いしてしまった。あたしは、何千人とまではいかないけれど、何百人もの男たちにカラダをじろじろ見られてきた。だけど、この人の視線の這わせ方は特別で、どうしてもドアへと逃げ走りたくなるような視線だった。

「ちょっとお話ししたい気分なんだが」と彼は言い、ベッドに腰掛け、袖をまくり、細かなタトゥだらけの前腕を露わにした。そのタトゥには見覚えがあり、あたしは息を飲んだ。でも、職業柄、あたしは素早く動揺を隠した。その記憶は遠い昔の別の人生を歩んでいた時の記憶。忘れてしまった方が、どれだけよかったか。そう思えるような記憶。

白金色に輝く髪の毛を払いながら、あたしはもう一度、微笑んで彼の方に近づいた。誘惑的に腰を振りながら。近づいた後、ちょっと、彼を見下ろした。彼の目はあたしの胸の真ん前に位置している。でも、この男はあたしの乳房を見ていなかった。たいていの男なら、女が裸の胸を目の前に突きつけられたら、必ず、そこを見つめるはずなのに。彼の視線はあたしの胸ではなく、あたしの顔に向けられていた。射貫くような視線を感じた。もし、この手の仕事に不慣れなままのあたしだったら、彼の目を見た瞬間、あっという間にヘナヘナと崩れ落ちていたことだろう。でも、あたしには経験がある。こういう不快感を隠す方法をマスターしている。

さらに彼に近づき、脚を広げ、彼にまたがりながら、ゆっくりと彼の股間へと腰を降ろした。両腕を彼の肩に絡め、乳房を両脇から締め付け、突き出し、彼の左右の目の間のあたりを見つめる。「何を話したいの?」

彼はさらに嬉しそうな笑顔になった。「ああ、たくさんあるんだよ。ありすぎて困るくらいだ。私はお前のことをずっとずっと探し続けてきた。お前のことを見つけるのは不可能だっただろう。よっぽど運が良かったのか、あの、人がよさそうだが意志の弱そうな医師のところにたどり着けなかったなら、お前を見つけることはできなかったな。そういう、人が良いが意志の弱そうな医者。それに当てはまる人を知ってるんじゃないのか?」

心臓が喉奥から飛び出そうになっていた。心臓の鼓動が彼にも伝わっていると思った。それほど、ドキドキと高鳴り、あたし自身の耳にも聞こえていた。とは言え、あたしは表情を変えなかった。変えることができなかったと言ってもいい。あたしは下唇を噛み、視線をあさっての方に向けながら返事した。「知らないわ。あたし、あんまりお医者さんに知り合いがいないのよ。あなたお医者さんなの?」

彼は笑い出した。その笑い声の陰気な音は、とても人間の発する音に聞こえなかった。「いいや、違う」と彼は両手であたしの腰を押さ、腰の柔肌を揉み始めた。ほとんど痛いくらいに強く揉んでいた。「でも、君ならその医者をしてるだろう。この美しい乳房を作った医者だよ。乳房ばかりじゃない。このほっそりしたウエストや、お前の美しい顔もだ」

「あ、あたし、あなたが何の話をしているのか分からないわ」 それまで平然としていたけれども、その演技が崩れだしていた。

「いや、分かってるだろ。と言うのも、お前はただの女体化した高級娼婦じゃないからな。確かにお前は高級娼婦だ……ちょっと女体化に熱心になりすぎたようだが、間違いなくお前は娼婦だ。だが、最初からそうだったわけじゃないだろう。昔々のこと、お前は会計士だった。そうだろ?」

偽装は剥がされ、終わりだと知った。だけど、どうしたらよいか分からなかった。いま彼はあたしのウエストに両手を持ってきていて、指が深く食い込むほど強く押さえつけていた。たとえそうしていなくても、あのタトゥを見れば、この男が熟練の殺し屋だと分かっていた。逃げるチャンスが見当たらない。

「お願い……あたしは、本当は……」と呟いた。

「いや、お前は、ラモス氏から盗んだのだよ。実に多額のカネを、そうだよな? お前が生活のために、こんなことをしなくても済むような、充分なカネだ。となると、なぜだ? なぜお前はこんなところにいるんだ? その点だけが、私には理解できなかった点だ。私はお前をタイのどこかのビーチで見つけると思っていたのだよ。こんなところで娼婦として働いてるとは、とても……」

「それこそが、あたしがカネを盗んだ理由なのよ!」 小声だけど強い口調で言っていた。声に自分でも信じられないような自信に溢れた調子が籠っていた。「この姿こそ、あたしがなりたかった姿。でも、それを実現するおカネがなかった。胸の豊胸ひとつだけでもどれだけかかったことか……だから、あたしを逃がして。あたしを見つけられなかったと連中に言って。でなければ、ジム・リチャードは死んだと言って。実際、ジムはもう死んだのよ。公的には。メキシコ・シティーに行けば、あたしの昔の特徴にマッチする男性の死亡証明書を得られるわ。だから、こんなことをする必要がないのよ、あなたには。ラモスがいくら払うか知らないけど、あたしはそれ以上の額をあげるわ」

少しの間、彼はあたしの提案を考えている様子だった。だけど、次の瞬間、光のスピードで彼はあたしに襲い掛かり、あたしの首を両手で絞めつけていた。もちろん、あたしは抵抗したけれど、彼の方が圧倒的に強かった。呼吸ができなくなり、命が断たれるのを感じながら、あたしはひとつの単純な真理を悟った。すぐに死ぬことになると知りつつも、あたしは自分の行為を後悔していないという思い。短かったけれど、自分は思い通りの生き方をすることができたという気持ち。組織暴力団連合の雇ったヒットマンに殺されることも含めて、何一つ、あたしの自由を奪うことはできないのだという思い。夢に思い続けてきた人生を送ることができた以上、満足して死ねるという気持ち。

しかし、意識がもうろうとなり始める直前、じたばたしていたあたしは、手の先に何か固いものがあるのを知った。その時は分からなかったけれど、それは重々しい合金の燭台だった。一番のお得意さんのひとりからもらった燭台。首を絞められ、両目が飛び出そうになりながら、あの殺し屋を見つめつつ、あたしはその燭台を掴んでいた。そして、それを使って男を殴りつけた。弱々しい打撃だったのか、男は気絶することはなく、ただ、驚いた表情を見せた。それでも、あたしの首を絞めるチカラは弱くなり、少しばかりとは言えをもたらす呼吸をすることができた。そしてあたしは打撃を加えた。さらに、もう一度。彼は両手をだらりとさせた。さらにもう一撃を加えた。今度は装飾的な燭台の土台に血がついてるのが見えた。男は立っていることができなくなり、ベッドに倒れ込んだ。あたしは、彼にまたがり、その場しのぎの武器を両手で握りしめ、自分が持っているすべての力を振り絞って、燭台を打ち下ろした。彼の額が大きく割れ、赤い裂け目ができるのが見えた。さらにもう一撃。そしてさらにもう一度。何度も繰り返し打撃を加え、男を死に追いやった。恐怖と奇妙に力強い生存本能が一緒になって、あたしの打撃に力を与えていた。そしてやがてその力も尽き、あたしはぐったりとなった。この行為に息を乱し、血しぶきが、あたしのミルクのように白い肌を覆っていた。彼は死んだ。彼の、かつては印象深かった顔は、今は、ぐちゃぐちゃになった血だらけの肉の塊に変わっていた。

どのくらい、血だらけのまま呆然として彼の上にまたがっていたか、覚えていない。でも、男の死体から降りたころには、血が固まり始めていた。でも、あたしは気にしなかった。自分は生き延びたのだ。試練を与えられ、それに勝利した。血まみれで吐き気がするような勝利であったとしても、この勝利はあたしに自分自身の未来への希望を抱かせるものだった。とても長い間、あたしは見つけられるかもしれないという恐怖の中で生きてきた。だけど、床に横たわる殺し屋を見つめながら、あたしは、以前の自分とは異なり、今の自分は簡単な標的ではないのだと悟った。それを悟った瞬間、あたしは誰がどんな非難をあたしに投げつけようとも、自分は必ず生き残ると思ったのだった。



[2018/10/08] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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