69 A slip of the tongue 「口を滑らす」
「あたしのこと、嬉しいと思ってくれたらいいんだけど。それって、そんなにイケナイこと? あたしって、そんなに普通からズレてる? そうは思わないんだけど」
「嬉しい? お前、マジで言ってるのか? あの女、お前をこんな……ああ、俺は口にすらできねえよ。あの女、お前を、本当のお前とは違うモノに変えちまったんだぜ、アレックス。どうしてそれが分からないのか、オレには分からねえよ」
「あたしとは違うモノ? ふーん。あたしはあたし、前と変わらないけど。正直言えば、変わったのはあなたの方よ」
「俺? 俺って? お前な、何で女みたいにドレス着てるんだ! まるで今から街角に立って男を捕まえに行こうって感じの格好をしてるじゃねえか」
「え、あ、あたしの仕事のこと知ってるの?」
「な、何だって?」
「あ、チッ。いいから……今の忘れて……」
「いやダメだよ。何言ってんだよ。お前はそんなんじゃねえよ。そうだろ?」
「スタン、忘れて。あたしは話したくなかったの。あたしが言ったこと忘れて」
「まるで、お前が実際に本物の娼婦として働いてるみたいに聞こえたぞ! そんなこと、聞き逃すわけにはいかねえよ。お前は俺の弟だ。お前のことを心配してるんだぞ……」
「ありがとう! 本当にありがとう、スタン。本当のことを知りたい? 実は、そうなの。あたしは売春してるの。それを聞きたかったんでしょ? あたしはおカネのために、知らない人のおちんちんをしゃぶってるの。知らない人にアナルをやらせているの。毎晩。それを聞きたかったんでしょ? 違う?」
「なんてこったよ……お、俺は……なんで……なんでこうなった?」
「分からないわ。あたしはただ……何と言うか、始まりは女の子たち。ヘザーとあたしはおカネが必要だった。そしてヘザーは彼女の上司と一緒にこのことを仕組んだわけ。その後は、もう、日常的なことになって。知っての通り、毎晩、違った女たちがあたしのところに来て、泊まっていった。レズビアンの女性たち。みんな、相手が欲しかったのよね。あたしも楽しかったわ。最高とは言えないけど、良かった。でも、ヘザーはもっと儲ける方法を見ていたのよ。相手を男に変えたら、収入を倍増できるって。当然、あたしは抵抗したわ。でも、そうしたら、ヘザーは女の客の予約を断り始めたの。家賃とか光熱費とか、支払期限が迫っていた。そして……とうとうあたしは同意した。その後は転げ落ちるように。男の客は週にひとりだったのが、いつの間にか、週にふたり、週に3人……気がついたら、お客さんは全員、男になっていた」
「なんてこった」
「ええ。でも、おカネにはなるの。それにヘザーが言うには、1年か2年したら辞めてもいいって。そうしたら、何もかも、元通りになってもいいって」
「マジで信じてるのか?」
「もちろん。信じなきゃやってられないわ。信じなきゃいけないの」