69 Blackmail 「脅迫」
ドアの前に立ち、セスは深呼吸をし、ボロボロの神経を落ち着かせようとした。でも、その効果はなかった。とは言え、彼は深呼吸したからと言って落ち着けるとも思っていなかったのだが。
ノックをせずに彼はドアノブを回し、そのホテルの一室に入り、後ろ手にドアを閉めた。そこまでの動き、彼はほとんど自覚なしで行った。そして、目的をしっかり持って、自信満々の様態で前に進んだ。実際には、そんな自信などひとかけらもなかったのだが。部屋の中央まで来て、彼はようやく部屋の中を見渡せる余裕ができた。
そのホテルの一室は、エレガントな室内装飾が施された豪華な部屋だった。ペントハウスのスイート・ルームにふさわしい室内だった。だが、彼の意識は、目の前のカウチに座る男にしか向けられていなかった。セスは、彼と目を合わせながら、肩をすくめ、着ていたロングコートを自然に床に落ちさせた。そして、ほとんど裸に近い体を露わにした。床に落ちたコートを脇によけながら、何のためらいもなくパンティも脱ぎ、横のコートに放り投げる。そして、最後に、ブラを外し、小ぶりの乳房を露わにした。腰を横に突き出し、彼は、脱いだブラを脇にぶら下げた。そして、自分の人生を破滅させようと脅かしている男と対峙した。
「あんたが見たかったのはこれでしょ、ウォルター?」 とセスは言った。その声には責めるような調子がこもっていた。
一方のウォルターは、あんぐりと開けた口を閉じることすらできず、ただ座ってセスを見ていた。明らかに圧倒されている様子だった。「俺は……俺は知らなかった……なんてこった……」
「あんたはあたしの正体を知っていた。だからあたしにこんなことをさせたんでしょ? 次は何? あたしにあんたのちんぽをしゃぶらせるつもり? あたしと一発やりたい? それとも脅迫のための写真を撮るだけ?」
「俺は……本当に……こんなこと、予想できたはずがなかった……」
「じゃあ、あの脅迫は何なの? 言われた通り、あたしはここに来た。あたしの秘密をしゃべらない限り、あたしはあんたが望むことを何でもするわ。それがお望みなんでしょ?」
「あ、あれは……ただのジョークのつもりだったんだ」とウォルターは言った。「ただの倒錯的な遊びとかそんなことだと思ってたんだ。変わったロールプレイと言うか。俺は本当に知らなかったんだよ……」
「あたしがトランスジェンダーだということを? あたしがカミングアウトしてないのは、ロンが途方もない性差別主義者の偏見の塊だからということを? もし、ロンが知ったら、何か他の理由をでっち上げてあたしをクビにするのが見え見えだからということを? ……ええ、確かに、あんたは、あたしを脅迫してきた時、そんなこと知らなかっただろうとは思ってるわ」
「俺はただ……こんなこととは……誓ってもいいよ、セス。本当に知らなかったんだ。君がちょっと風変わりなことにハマりこんでるなあと思っただけなんだよ。ああ、確かに、俺はそれを利用して君を蹴落とそうと用意していた。でも、君だって同じ立場だったら、俺に同じことをするだろ? だから、その点については俺は謝らない。だけど、こうなると……これだと、話しが変わってくる」
「どんなふうに?」 セスは、ライバルのウォルターが急に風向きを変えたことに少し戸惑っていた。
「俺は、人のフェチを利用してそいつを攻撃しようとする人間だ。だけど、これが君の正体だとすると、俺はそういうのに関わる気はないんだ」
「ということは、そこがあんたにとっての一線ということ? ふーん?」
「ああそうだ。そこは俺にとっての越えられない一線だ」
セスは長い時間、ためらい続けた。そしてようやく口を開いた。「これからどうしろと?」
「服を着て、部屋に戻ってくれ。そして、ふたりとも、今日のことは忘れることにしよう」
「それって……何か……良識的にすら聞こえるけど?」
「おっと、俺はこれからも君を攻撃し続けるつもりだよ。あの昇進は俺がいただく。別の方法でね。だけど、俺に関して言えば、君のジェンダーの件は立ち入り禁止だ。俺はあの差別主義者の元で働くだろうけど、だからと言って、俺も差別主義者にならなくてはいけないってことじゃないからね」