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69 Control 「コントロール」
彼のためなら何でもする。
あたしは、どうしてもそうしてしまう。そして彼もそれを知っている。彼があたしをそういうふうにしたのだから、当然と言えば当然。彼があたしのすべてをコントロールしている。あたしは彼の遊び道具、彼のおもちゃ。そして、あたしも彼もそれを知っている。
以前の生活をほとんど思い出せない。ちょっとでも詳しいことを何とか思い出せたとしても、その記憶は夢を見ているようでぼんやりしている。フットボールの試合からチアリーダーのトップの女の子とのデートに至るまで、記憶の中に出てくる若い男が誰か認識できない。彼は強く、自信に溢れている。彼は男である。
今のあたしは、そのいずれの特質にも欠けている。
時々、誰かと認識できる人にも会うことがあるだろう。昔のガールフレンドかもしれないし、チーム仲間かもしれない。以前のコーチのひとりかもしれない。誰であれ、関係ない。彼らは顔に偏見に満ちた表情を浮かべているのが見える。彼らは嘲りの冷笑を隠そうとすらしない。そして、そんな彼らの気持ちもあたしには理解できる。あたしは男としてすべてを手に入れていた。そして、彼らの目には、あたしはそのすべてを投げ捨て、シシーになってしまったと映っているのだろう。
時々、彼らが真実を知ってくれたらいいのにと願う時がある。あたしには選択肢がなかった。彼はあたしから選択肢を奪うことに特に注意したのだ。その方法が、催眠術なのか、魔法なのか、何か他のことなのか分からない。でも、あたしには彼の指示を断ることができない。あたしは彼が言うことを行わなければならない。彼があたしに望む存在がどんな存在であれ、あたしはそんな存在にならなければならない。
しばしば、彼はいつかあたしを解放してくれるのだろうかと思うことがある。あたしの他にも若い男性や女性が加わって来ては去っていった。その人たちの誰も、あたしほど彼の関心を惹きつける人はいなかった。あたしは彼にとって初めての人だったのだ。だから、認めたくはないけれども、心の底では、彼はあたしを決して自由にしてくれないだろうと思っている。あたしは今のような人生を送るよう運命づけらえれている。彼の奴隷でい続けるよう運命づけられている。
最初、自分でもそうなるのも当然だと思っていた。彼があたしにパワーを行使し始める前は、あたしは彼にとって恐怖すべき人間だったのである。あたしは彼をイジメ続けた。情け容赦なく。しかもあたし自身に何か根深い精神的問題があったからでもなかった。家庭で虐待されていたわけでもない。あたしは、単に、あたしがすべてをコントロールしてると誰もに納得させたかっただけ。自分が望むことは何でもできると示したかっただけだった。
多分、彼はとうとう限界に達し、キレたということだろうと思う。そう思うし、そんな彼の気持ちは理解できる。あたしは過去の自分の行為を後悔している。過去の自分を憎んでいる。でも、だからと言って、あたしの今の待遇に値することにはならない。一生、彼の奴隷としてすごすことに値することにはならない。
とは言え、前にも言ったように、あたしにはこの件について選択肢がないのである。彼がすべてをコントロールしている。そして、彼はしたいことは何でもできるのである。