69 Extended vacation 「休暇の延長」
「いいわ、分かったわ」とトムは言った。彼は、この2週間、妻と一緒に滞在してるホテルの一室の中央に立っている。「認めるわ。あなたが正しい。あたしは間違っていた」
「その言葉があなたの口から出てくるなんて思ってもみなかった」と彼の妻のサマンサが言った。彼女はベッドに寝そべっている。その周りにはたくさんの大人のおもちゃが並べられていた。「記念に写真を撮るとか何かしなきゃ」
「写真はダメ」とトムが言った。彼はこの休暇の期間、タミーという名で通っていた。「それは約束だったはずよ」
「そんなのいいじゃない」とサマンサは苛立った風の演技をして見せた。「誰も気にしないって」
「それ、あなたが言ったこと」とタミーはきっぱり言い放った。そして、彼の巨大すぎる乳房を両手で抱えた。「でも考えてみてよ。あたしの職場の男たちが、このおっぱいを見たらどうなるか。永遠に言われ続けることになるわよ」
「ひょっとすると、それって良いことじゃない? もしかすると、タミーなら、トムがあんなに望んでいた昇進を得られるかもしれないわよ。分かると思うけど、ちょっとだけ、胸の谷間を見せてあげればいいの。ゲイリーにちょっとだけ色気を振りまけばいいの。午後に2時間くらい、あなたの膝の上に乗せて、おっぱいをいじらせてあげるとか……」
「げぇー。げぇーとしか言えない」
「でも、おとといの夜、ホテルのバーにいた男たちとの時は、げぇーとは思わなかったんでしょ? あたしが割り込まなかったら、あなた、酔っぱらった男ふたりと3Pをしてたはずだと思うわよ?」
「あたしは大丈夫だったの! 楽しんでいただけ! この話し、そういうことだったでしょ? あたしに1週間、誰か別の人格になり切って、気持ちを解放してみてほしいって、そういうことだったでしょ? その通りにしたわ。そして、さっきも言ったけど、あなたが言ったことは正しかった。最初は疑っていたけど、でも、トムという人間から離れる休暇は必要だったと思ってるわ」
それは本当だった。最初、サマンサが「女装の休暇」のことを口にした時、トムは即座に拒否した。確かに、ふたりはこれまでロールプレイをしてきたし、トムは女性になる役を楽しんできたのは事実だ。だが、彼は、サマンサが提案したような長期間、女性として生活することを欲したことは一度もなかった。サマンサの女友達として2週間生活する? それを聞いただけで、気が重くなったし、彼はそんなことは望んではいなかったのである。
しかしながら、彼が職場での昇進を見送られた時……実際、すでに100回は見送られたと彼は感じていたのだが……彼の自信はどん底に落ちた。そして、そんな気落ちした状態の時もあって、彼は休暇について、サマンサが提案した気ちがいじみたアイデアに同意したのだった。1ヶ月、休暇を取る手筈を整えた後、彼は完全な改造に身を委ねた。彼自身は落胆したのだが、その改造の中には、非常にリアルな乳房も含まれていた(それは、サマンサが勤めている製薬会社から無償提供された注射による)。2週間にわたる催眠療法の後、彼は女性がするような歩き方や話し方も習得した。それらに加えて、彼の新しい肉体にふさわしいまったく新しい衣装が一式、揃えられた。
改造が完成した時、彼はその姿が自分自身だとほとんど認識できなかった。これはサマンサが素早く指摘したことだが、まさにそれこそが、このアイデアの肝心な点だと言う。ふたりがリゾート地を訪れた時までには、トムはタミーと言う新しいアイデンティティに完全に順応していた。元のトムとは、人間のなせる技とは思えないほどかけ離れた、ブロンド髪の美女になっていたのである。
「でも、いつでも元に戻っても構わないわよ、あたしは」と依然として自分の巨乳を握りながら彼は言った。「一日が終わる頃になると、どれだけ背中が痛くなるか信じてくれないだろうけど。このふたつの重りがなくなるだけでも嬉しいわ」
サマンサが体を起こした。「いいわよ。それについてだけど……あのね……怒ってなければいいけど」
「怒る? さっき言ったばかりだけど、あなたの言った通りだったと言ったはずよ。怒るなんてとんでもないわ」
「あの……。ちょっとね。あたし、あなたの……変身についてちょっと作り話をしてしまったかもしれないの。って言うか、あたしは、あなたがこうなった方が幸せだろうと思って、これを勧めたの。でも……何と言うか……それ、すぐに取り除くのはできないわ。半年かな。1年かも。でも、もっとかかる可能性があるわ。テストでは、5件に1例は、恒久的だったの」
「こ、恒久的?」 彼はその意味を掴もうとしつつ、言いよどんだ。「と言うことは、このおっぱいのまま、職場に戻ると言うこと? まさか、あたしはこれから……」
「ごめんなさい。でも、しばらくは、このタミーの姿のままでいることになると思う。でも、さっきも言ったけど、これって良いことだとあたしは思うわ。あなたも、ショックから立ち直ったら、そう思うはず」
「あ、あたし……なんて言っていいか分からない」
「何も言う必要はないわ。でも、こう言って気休めになるならと思って言うけど、あたし、トムよりタミーの方がずっと好きよ。タミーの方が一緒にいてずっと楽しいの」