That defining moment 「あの決定的な瞬間」
その日は、完璧な一日だったはず。あの日のデートは、何か複雑な、充分に計画を練ったデートではなかった。特に取り立てるべきことをしたわけでもなかった。いつものように、サムとあたしは一緒に過ごし、ふたり一緒にいることを楽しんでいた。それが、あたしが望めることのすべて。少なくとも表面的には。でも、本当は違う。彼が言うジョークに大笑いしたり、彼にキスを盗まれ、喜んでいた時ですら、あたしは、ほとんど、自分の秘密のことにしか意識を集中できていなかった。そして、その秘密が明るみに出たら、あたしは死んでしまうかもしれない。
「ちょっと打ち明けたいことがあるの」 あたしのアパートに着いたとき、彼から手を離して、思い切って言った。
「君が連続殺人魔だということ?」 と彼は笑った。「それとも、逃走中のギャングの一員だとか? それとも……」
「真面目な話なの」 あたしは彼の言葉をさえぎった。泣きたい衝動を感じ、あたしは後ろ向きになった。「あたしは、あなたが思ってるような人間じゃないの」
彼はあたしの腕を取り、優しく、向きを直させた。「いや、君は僕が思ってる通りの人だよ……君は賢い。君は綺麗だ。そして、僕はそんな君に恋をしてる」
あたしは彼と目を合わせることができなかった。「あなたは、そもそも、あたしのことを知らないわ」
「充分知ってるよ」 彼はあたしに近づき、あたしはそれに押されて、後ろのブロック塀の壁へと押しやられた。「僕が知りたいことは、ちゃんと知っているから」
顔を上げたら、彼の真剣な瞳が目に入った。それを見て涙が溢れてくるのを感じ、あたしは瞬きをして、涙が流れるのを防いだ。「本当のことを知ったら、多分、今のようには言わないと思う。そう言わないと分かってるの」
彼は溜息をついた。そして引き下がりながら言った。「じゃあ、話してくれ。僕はただ……」
「あたしは女じゃないの」 と囁いた。
「え? 何? 冗談を言ってるんだよね。僕は君が……」
「あたしは女として生まれなかったの」 とあたしはうつむき、コンクリートの床を見つめた。16歳の時に女性化を始めたわ。あたしはトランスジェンダーなの、サム。本当に……本当に、ごめんなさい」
彼は長い間、黙っていた。あたしは彼の顔を見る勇気がなかった。これまでも何回も見てきた、恐怖と嫌悪感で歪んだ顔。それを観たくなかった。嘘つきと呼ばれたいわけじゃないし、変人と呼ばれたいわけでもない。ただ、普通の関係を得たいだけ。
「じゃあ、証明して」と彼は言った。
「え、何んて?」 あたしは顔を上げた。彼は好奇心に満ちた顔をしていた。あたしは、彼がそのような顔をするとは予想していなかった。
「完全に女性化したところまではいっていないんだよね?」 あたしは左右に首を振って、まだ、手術を受けていないと伝えた。「じゃあ、アレを見せてみて」
「あたしをからかっているのね」
「いや、そんなつもりじゃないよ。見てみたいだけ」
あたしはどうしたらよいか分からなかった。これまでいろんな反応を経験してきたけど、好奇心というのは予想した反応にはなかったから。でも、その意味を頭の中で整理するより前に、あたしの両手は、無意識的に、ショーツの腰バンドへと這っていた。両手の指がタイトな青い生地へ掛かり、引き下げていく。そして、あたしの体の中、唯一残ってる男らしらを露わにした。あたしは息を止め、彼の反応を待った。
そして、彼は、声に出して笑い出したのだった。
あたしは彼を睨み付け、素早くショーツを元に戻した。「ひどいわ、サム。あなただけは違うと思っていたのに! あなただけは……」
「僕は君のことを笑ったんじゃないよ」と彼はあたしの言葉をさえぎった。「取るに足らない問題だから、笑ったんだ。2年くらい前に、この問題は困るかって訊かれたら、自分の彼女がおちんちんをもってるかどうかは、確かに気にしたことだと思う。だけど、今だよ? これだけ君と付き合ってきた今は、それって何の問題もないように思うけど。君の脚の間に何があるかは、どうでもいいよ。君のことを愛しているんだから」
「ど、どういうこと?」
「君を愛している」と彼は近寄ってきて、あたしを壁に押しつけてキスをした。そして、キスを解いた後、彼は言った。「そして、これからも、君を愛すると思う。君が以前、どんな人だったかは気にしない。君の脚の間にあるモノも気にしない。今の君がどんな人なのかは気にする。僕が愛してる女性がどんな人なのかは気にする。それだけだよ。付則事項はなし。但し書きもなし。ただ、愛してるかどうかだけ」
あたしは唖然としていた。長い間、唖然として彼を見つめることしかできなかった。そして、長い沈黙の後、あたしはようやく口にすることができた。「あたしもあなたを愛している」