70_Coming back 「帰還」
「どこが悪いの?」 ボクは脚を広げて訊いた。バカな質問だ。ボクたち、ふたりともちゃんと何が悪いかを知っている。でも、ボクは彼女は気にしないと思い込みたかったし、ふたりともどうにか何とかやっていけるだろうと思い込みたかったのだと思う。なんだかんだ言っても、ふたりとも愛を味方につけてるのでは? 愛があれば、どんな障害も乗り越えられるのでは?
「ご、ごめんなさい」とメラニーは言った。「あたし……あたし、こういうのどう対処していいか分からないの」
彼女の表情を見て、ボクたちは、愛がすべてを征服するおとぎ話の世界で生きてるわけではないのを悟った。何でもオーケーになるわけではない。そしてふたりは末永く幸せに暮らしました、ってことになるわけではない、と。
「分かった」と、ボクは脚を閉じた。「キモすぎて、とてもついていけないということだよね?」
彼女は頭を左右に振った。「考えたわ…どうなったらいいかと考えたし希望ももった……だけど、どうしてもだめなの」 すでに彼女はすすり泣いていた。「そうできたらいいんだけど。本当に。でも……でも、できないの」
「それはいいよ」 今までいろいろな困難を乗り越えてきた時の内に秘めたチカラをかき集めようと頑張った。不思議なことは、この現実世界に戻ってきた今の方が大変だということだった。急に、すべてがバカバカしい感じになってしまい、ボクは笑い出した。
「な、なんなの?」
「何でもない。ただ、可笑しくなってしまって。ボクが向こうに行っていた間ずっと、この……このボクたちの関係のこと……君との関係があってこそ、ボクは乗り切ってくることができた。前に進むチカラを得てきたんだ」
そこまで話してボクは頭を左右に振った。「彼らに捕まったときも、ボクは一切の希望を失いかけた。でも、君のことを思いさえすれば、1歩ずつでも前に進むことができた。毎日、今日一日だけでも生き延びようと思うことができた」
「そして、あなたはこのように家に戻ってきてくれた」と彼女は言った。
「ボクは兵士だったんだよ、メラニー。当然、拷問を受ける覚悟はできていた。いつでも死ねる覚悟はできていた。でも、こんな姿に変えられるなんて? きっと君は想像すらしたくないだろうけど、ボクはいろんなことをしなければならなかった。でも、いつの日か君のいる家に戻ってこれるかもしれないと、ボクはどんなこともやってきたんだ。そして今は? 目の前にキミがいて、ボクはキミと愛し合いたいと思っている。前のように愛し合いたいと思っている」
「でも、今は違うわ」と彼女は言った。
「その通り。ごめん。君はできないし、ボクも同じくできない。連中はボクを変えてしまった。カラダばかりか心まで変えられてしまった。魂の根っこのところまですべて変えられてしまった。以前のボクに戻ることもないだろうと思ってる」
彼女は体を起こした。「それで?……今はどうするつもり?」
「分からない。本当に分からない。多分、死ぬまで女として生きていくだろうと思う。でも、それ以外のことは何もかも、本当に分からないんだ」