70_Coming home 「帰宅」
「お願いだから、何か言ってくれ」とボクは彼女の前に座って言った。別の人生の道を辿っていたら、彼女はボクの妻になっていたかもしれない女性だ。「カーラ、お願いだから……」
「何て言ってほしいの? あなたは死んだと思っていた。消えてしまったと。みんなで葬式も挙げたわ。あたし……本当に辛かったのよ。でも、あたしは前に進んだ。なのに、今になってあなたは帰ってきた。しかも、そんな姿になって」
わざわざうつむいて下を見なくても、彼女が何のことを言っているのかは分かっていた。ボクは3年間、囚われ、性奴隷となっていたのだった。モルドバの親戚を訪ねにモルドバに行った時に拉致された。そして女体化され、性奉仕を強要された。ようやく、脱出してきたのだけれども、女性化の証拠は拭い去ることができなかった。そもそも、自分でも本当に消し去りたいと思っているのかも分からない。
「ごめん」
「あなたのせいじゃないわ」と彼女は涙ぐんだ。「あなたがそうなることを望んだわけじゃないのだから」
ボクは、ボクも涙が溢れてくるのを感じ、彼女から目をそらした。「でも、うまくやっていきたいと思っている」と言って、鼻をすすった。「キミがそう思っていないとしたら、それは理解できるよ。でも、まだキミの中にボクを愛してくれている部分が残っているなら、ボクの今の存在を愛することができる部分が残っているなら……それなら……ボクにチャンスをくれないかって思ってるんだ」
「どうしろって言うの? あなたは女になってるの。でも、あたしはレズビアンじゃないの」
「わ……分からない。ボクもレズビアンじゃないし。変なのは分かってる。本当に。でも、ボクは向こうにいた間に、ずいぶん……ずいぶん変わったんだよ。いろんな点で変わったんだ」
彼女は返事をしなかった。その沈黙のためにボクはひとり自分で考えをまとめなければならなかった。不可能なことなのだと分かっていた。ボクたちは以前のボクたちの関係に戻ることはできない。もはや無理なコト。
何分か経ち、彼女が口を開いた。「あなたの体を見たいわ。あなたのすべてを」
「え、何?」 ボクは急に沈黙が破れたのに驚いて訊き返した。
「服を脱いで。あなたがどんなことをされたのか見なくちゃいけないの」
ボクはそれ以上ためらうことはしなかった。すぐにボクは素っ裸になっていた。「こ、これが今のボクだよ」
「まだ、ついてるのね」と彼女はボクの股間を見つめて言った。「小さくなってるけど、まだついてる」
「そんなの関係がある? もうほとんど役に立っていなんだよ?」
「どうかしら。そうかもしれないし、そうでないかもしれないわ。でも、今は、昔のあなたの名残がちゃんと残ってるように見えるわ。かつてのあなたとあたしの名残。それを見てると、ちょっと試してみてもいいかもしれないと思うの」
望み薄なのは分かってる。彼女が、ボクに、男性としてのカケラでも期待してるなら、確実に失望することになるだろう。でも、今この瞬間は、それは関係なかった。彼女が試してみたいと思ってる。それだけ聞けばボクには充分だった。