エピローグ:
急に家の中が静かになった。夫は、妻が何か言ってくるのではないかと聞き耳を立てた。だが、何も聞こえてこない。聞こえるのは、自分自身の呼吸音だけ。それが、やたら、大きく聞こえる。
……ちきしょう。まだちんぽが立っている。あの男のせいで勃起してしまった。もし、俺が今から寝室に行って妻とヤッたら、まるで、俺が仕組んであの男にヤラせたみたいになってしまうじゃないか。 くそっ!」
夫は黙ったまま、何とか手の拘束を解こうと、もがいた。もがき続ける間に腕に血液が戻ってきて、それに応じて勃起していたペニスもようやく落ち着きを取り戻した。あの行為の間、彼は、妻の身に起きていることに腹を立て屈辱を味わっていたのだが、彼のペニスはそんな彼の感情を裏切り、寝室から聞こえてくる音に興奮し勃起していたのだった。
どういうことか彼自身にも分からなかったが、あれは非常にエロティックであった。そして、彼が頭に浮かべた想像上の光景は、現実に寝室で起きていた光景と等しいか、それ以上の扇情性を持った光景だったのである。
ベッドに横たわる愛する妻。黒人男にすっ裸にされ、最も大切な部分を晒されている。そんな光景だけでも十分にエロティックだ。だが、夫は、頭の中、その妻が男の肉体にしがみつき、自分から腰を突きあげ、男の黒い巨根をより深く取り込もうと必死に動いている姿をイメージしていたのだった。
彼が手の拘束に依然として手こずっている間に、彼の妻がようやくドア先に姿を現した。ローブを羽織ってはいたが、その歯だが汗でテカテカに光っているのがはっきりと見えた。彼女は、うつむいたままではあったが、夫の拘束を解くために彼のそばへと歩み寄った。その時の彼女の歩き方を、夫は見逃さなかった。ふらふらとよろめきながら歩いてくる。脚に力が入らないのだろう。それほど強烈なセックスをされたということなのだろう。
最初に口をきいたのは夫の方だった。嫉妬心が声に出ていた。
「あんなに声を上げる必要があったのか? まるで本気で楽しんでいたような声だったぞ」
妻自身、キッチンに入る前から、そのことを考えていて、どんな点についても認めないことにしようと決心していた。彼女は鼻をすすり、今にも泣き出しそうな顔をした。
「あの人に、あたしに会いに寝室に行けと言ったのは、あなただったでしょ? あなたがそう言うのが聞こえたわ。あの男がやって来て、彼が黒人なのを見て、本当に信じられない気持ちになったわ……
……どうして、あなた、あんなことができたの? 黒人男をあたしがいる寝室に送り込むなんて? 最初、あなたが望んで彼を送り込んできたと思ったわ……彼にあたしを……あたしを犯させるために……。実際、あたしには何もできなかった。あの男にされるままになる他なかった……」
彼女はそこで少しの間、沈黙した。
「……あなたよりもちょっとだけ大きかったわ。でも彼はいつまでもし続けていて、一度終わっても、また……ヤリたいって……F…ファックしたいって。あたし、言うなりになって、喜んでいるフリをする他なかったわ。あたしやあなたに暴力を振るずに、おとなしく出て行ってもらうためには、そうする他なかったのよ」
彼女はFで始まる言葉を使った。彼女は、性行為を指すのにその言葉を使うことはめったにない。夫は妻がつい先ほど自分に起きた出来事を表すのに「ファック」という言葉を使い、男がもっとヤリやりたがったというのを聞き、奇妙なこととはいえ、ペニスが蠢きだすのを感じた。少し大きくなってくるのを感じる。
「き、君は……楽しんでたんじゃないのか? あの声はそれにしか聞こえなかったような……」 と夫が訊いた。声が震えていた。
彼女はキッチンの引き出しのところに行きナイフを取り出した。そして、夫の手を拘束しているロープを切りながら語り始めた。
「もちろん、楽しんだりしなかったわ。レイプされて喜ぶ女は存在しないって話、聞いたことないの? あたしは演技していただけ……
……ほら、分かるでしょ? 気分を盛り上げるわけでもないし、感情もない。どうして、あたしが赤の他人を相手に楽しめると思うわけ? あたしが愛してるのはあなただけだって、あなたも知ってるのに」
夫は妻の言葉を信じたかった。だが、あの声は? 彼女の喘ぎ声は? 彼女の言っていた言葉は?…… どうしても妻の話しが信じ難い。
もし楽しんでいなかったとしたら、そもそも、あんな声を出す必要すらなかったじゃないか。男は、妻が楽しもうが楽しまないが、どのみち妻を犯して、同じように家を出ていけば、それで済んだはずだ。
手の拘束を外してもらった夫は、立ち上がって妻に訊いた。「警察に連絡すべきだと思う? いろいろ尋問されると思うけれど……」
妻は、夫が警察に電話するのを何とか引き延ばしたいと思った。警察にいろいろ訊かれるのは望まなかった。電話するのを延ばすための言い訳を求めて、彼女は、話題を逸らそうとした。
「いっぱい盗まれた?」
「いや、取っていったのは、キッチンにあった食器とテレビだけだよ」 夫は警察に電話しなくてもよいかもしれないと思いつつ、答えた。「取っていく様子を見ていたけど、あいつはビデオプレーヤーやDVDプレーヤーには目をくれもしなかったなあ……」 そういいながら彼はキッチンを出て、寝室へ向かった。
寝室には、彼のズボンが床に置かれたままだった。札入れを確かめると、お金が入ったままだった。それを見て驚きつつ、夫はキッチンに戻った。
「あの男、札入れから金を取ってもいかなかったよ。ベッドの……ベッドの真ん前の床に落ちていたのになあ」
そこまで言って、ふと、夫は口をつぐんだ。妻と男が夫婦のベッドにいる姿を想像したようだった。「多分、あの男は君をひと目見るなり、この家に泥棒に入ったことを忘れてしまったようだね」
「あら、だとしたら、あたし、その点でもこの家を救ったことになるんじゃない?」と妻はあいまいな笑みを浮かべた。
夫はそんな妻の返事に顔をしかめた。まるで、彼女が泥棒に気持ちよくセックスさせてあげたことを自慢しているように聞こえたからだった。