僕たちのところにつくなりマギーが「早く行こう」と言った。「男があたしたちを付けてくるの。グラニーは、そいつが嫌いみたい。唸り声をあげていた」
歩道の先に目をやった。若い男が近づいてくる。170センチくらいの身長で、タトゥがあり、顔面からは金属物がプチプチと出ている。スキー帽を被り、服はフード付きのパーカーで、スウェット・パンツは今にもずり落ちそうに腰にくっついてる。自ら街のダニとの印象を受けたがっていると言ってよい服装。「リアル・スリム・シェイディ」(
参考)の真似をしてるつもりなのだろうけど、みっともない。
「お前、なに見てんだよ?」と男が僕を睨み付けた。
「いや、別に。僕たちは出発しようとしてるだけだよ」
「おめえ、自分はかっこいいと思ってるな。いいジャケットに、きれいな女とデカい車か。カネが余ってるような身振りじゃねえか」
この男は頭が悪い。僕は彼より20センチは背が高いし、多分、20キロは体重が多いだろう。とは言え、僕は別に腹が出ているわけではない。
「僕たちに構わず、通り過ぎた方がいいだろう。僕のイヌはあんたのことを嫌いな様子だし」
男は僕の1メートルあたりまで近寄ってきた。
「しょぼいイヌなんか怖くねえよ。あんた、カネ、いくら持ってるんだ?」
男はコートの中に手を入れ、ズボンの腰へと近づけた。金属製のモノがきらりと光るのが見えた。僕は男の胸の真ん中を蹴った。男は後ろ向きに吹っ飛んだ。男のズボンから銃が落ちた。マギーがグラニーからリードを外すと、グラニーは飛ぶようにして男にのしかかった。男は腕で顔を守るだけの意識はあったようだ。だが、グラニーがその腕の骨を砕く音が響いた。男は叫び声をあげ、グラニーは男の服の袖を引きちぎった。
「グランビル、お座り」と僕は命じた。
グラニーは咥えた袖を落とし、僕の隣に座った。男は苦痛に地面をのたうち回っていた。僕はグラニーと共に、男の隣にひざまずいた。
「グラニー、首を!」
グラニーはすぐに飛び出て、大きな口を開け、上下のあごで男の首を挟んだ。男は身をこわばらせた。
「僕は君をバカ者だと思うが。君は本当にバカ者なのか?」
男は小さく頷いた。恐怖で顔が引きつっている。
「じゃあ、そう言ってみてくれ」
男は反応しなかった。
「グラニー、噛め!」
男は小さい叫び声をあげた。大きな牙が皮膚を貫くのに合わせて血が滴り流れるのが見えた。グラニーの鼻で空気が激しく出入りする音が聞こえる。獣の鼻息だ。
「言うんだ」
「俺はバカ者だよ」
「君はいくらカネを持っている? 僕に出すんだ」
男はポケットに手を入れた。男が動いたと思ったのか、グラニーが噛む力を強めたようだ。男はまたものたうち回った。
「ゆっくりとだよ」
男はポケットから紙幣を丸く巻いた塊を出して、僕に渡した。
「グラニー、離してやれ」
グラニーが名残惜しそうに男の首から離れた。男は慌てた様子で後ずさりした。
「君には60メートル分は先に行かせてやろう。その後、この犬に追いかけさせる。速く走った方がいいかな。僕からのアドバイスだ」
男は短距離走者のように駆けだした。10メートルくらい走ったところで、ズボンが脱げ始め、彼はみっともなく転倒した。しかし、素早く立ち上がり、ズボンを引っ張り上げ、傷んでない方の手で押さえながら走っていった。
「ベルトを買った方がいいな」と僕は声をかけた。
男の姿が見えなくなった後、僕は振り向いた。ブリイとふたりの女の子の3人とも、唖然と口をあんぐりさせ、身をこわばらせながら突っ立っていた。
僕は落ちていた銃を蹴って、排水溝に落とした。「あれ? どうかした?」
最初に元に戻ったのはブリイだった。「マック。あなたって、ちょっかいだしたらヤバいヤツなのね。あなたを怒らせないよう注意しなきゃ」
女の子たちが勢いよく僕に飛びついてきた。僕はふたりを抱きしめた。
「ああ、マック」とストークリイが僕の胸に顔を埋めた。「あたし、あの男は恐ろしい人だと思ってたけど、マックはぶちのめして……いや、やっつけてくれた。ありがとう。あたしたちのためにしてくれたのよね?」
「まあね。僕の娘たちだ。僕は誰にも手を出させない。でも、彼は君たちの学資のためにちょっとだけ寄付してくれたよ」と僕は彼女に紙幣の巻いたものを渡した。ストークリイは紙幣を数え、700ドルあると言った。あの男は他にもゆすりをしてきたに違いない。ストークリイはそのおカネをマギーと山分けした。そして、僕たちは車に乗り込んだ。