小さく鼻をすすりながら、私は答えた。
「ダニーは知らなかったの。いや、そもそも知る由もなかったわ。まさしく彼女が思ったとおりに思って当然なのよ。彼女は全然悪くない。私は、彼女に、アレを私と一緒にしてみる心積もりがあるかどうかすら、訊かなかったんだから。あの時、私が考えていたことと言えば、ただ、あの最低男のロン・ランドールとやりたいと、それだけだったのよ。私なんか、レイプされて当然だわ」
レキシの顔から笑みが消えた。。
「よく聞くのよ、クリステン!」 しっかり言い含める調子の声だった。「この世に、レイプされて当然な女なんか一人もいないの。私はちゃんと分かってるし、ダニーもちゃんと分かってる。セリーヌですら分かってるのよ。セリーヌの優しさに感謝することね。彼女はダニーと・・・・セリーヌは、何人かの友達と、ダニーの問題について本当に親身になってくれているんだから」
突然、ある光景が浮かび、心臓が高鳴った。今朝のサロンのことについて、1つ、訊きたかったことがあったことを突然、思い出した。朝、サロンではセリーヌを見かけなかったのだ。彼女は病気なのだろうか? そのことを訊いたら、レキシは彼女こそが病気になったような、不快そうな顔をした。
「多分、セリーヌはもう家では働かないわ」
「ひょっとして、他の大手のサロンに引き抜かれてしまったんじゃない? あなたが彼女を美容学校から引き抜いた時と同じようにして?」
軽い冗談のつもりで言ったが、彼女の目を見て、原因は何であれ、軽々しく言えるようなことではないらしいことが分かった。私はレキシの手を握って、謝った。
「ごめんなさい。ダニーと別れる前も、別れた後も、セリーヌが彼女のことを親身になって考えてくれていたことを思うと、セリーヌは本当に特別な人だと思ってるわ」
「セリーヌは最高の人よ」
レキシはただそれしか言わなかった。その後、レキシは少し表情を明るくして、言葉を足した。
「私の直感だけど、明日あたり、ダニーに別のことで用事がなければ、彼女、あなたの家の玄関前に現れるんじゃないかしら」
まさにその点だ。ダニーとセリーヌの関係。この点こそ、ずっと気になって、心配していたことでもあった。私は決心を固めるように溜息をつき、思い切って尋ねた。
「ダニーとセリーヌは良い関係でいるのかしら?・・・つまり私とダニーの間柄と同じような意味で、関係が続いているのかしら? もしそうなら、私、2人の間の邪魔をしたくないわ」
レキシは私を見つめながら、頭を左右に振っていた。
「あなたが、どうしてそう思うようになったのか分からないけど、ダニーとセリーヌはそういう関係にはなっていないわよ。決して。そもそも、セリーヌがそれを許さないでしょう」
私にはまったく理解できなかった。ダニーとセリーヌが親密になっているのは明白だった。私はダニーの魅力に抵抗できなかったし、その点では、レキシも同じだった。なのに、どうしてセリーヌだけは違うと断言できるのか。ただ、セリーヌの話題は、レキシはその場では避けたがっている話題のように思えた。そこで、セリーヌは私やレキシと違って、Tガールには興味がないのねとだけ言って、その話題は放っておくことにした。
「繰り返しになるけど、ダニーは今、ちょっと大きなことを抱えているの。個人的な人間関係以外のことだけど・・・」
どんなことなのか、その点に関してレキシは非常に口が硬く、何も語らなかった。
「ただ、これだけは言えるわ。あのゴージャスなTガールは、まだ、あなたのものよ。それは大丈夫。あの心の傷がいえるのにしばらく時間がかかっているだけ。それに、ダニーが自分で立ち上がって、今しなければならないことを片付けるのに、ちょっと時間がかかってだけなの。ダニー自身、あなたに戻ってきて欲しがってるんだから。それは誓って本当のこと」
レキシの言葉を聞いて、心臓が高鳴った。嬉しさに頭がくらくらしそうだった。
「私も彼女に戻ってきて欲しいの。何よりも彼女が必要なの」
2人とも、それぞれの仕事に戻らなければならない時間になった。一緒にテーブルから立ち、脇によけて、互いに抱き合った。レキシは、注意深く私の様子を確かめた。
「あなた、大丈夫?」
「ええ、もちろん」 そう言って、もう一度、レキシを抱きしめた。
「本当? 証明して見せて!」
「どうやって?」
レキシはウインクをして見せた。
「場所はゴーサム。土曜日の夜。あなたの誕生日ね。あなたと私の2人。店を閉める前にサロンに立ち寄って。一緒に夕食を食べて、それから出かけましょう? 私たち2人だけで」
「デートというわけね」 私はわくわくしながら返事した。
つづく