スティーブのジミーに対する挑発は、老人の登場によって、いささかはぐらかされた形になっていた。スティーブは、遅まきながら、不安感を感じ始めていた。彼の妻が働いている会社は「レイノルズ・アンド・サンズ」という名前である。したがって、自分のそばに立っているこの老人は、まさにそのレイノルズ氏に違いない。自分が感情的に怒りを露わにしたことにより、バーバラは、今の高給の職を失うことになってしまうかもしれない。スティーブはちらりとバーバラを見てみた。彼女の目には一瞬、怒りの表情が浮かび、彼女はすぐに顔を背けてしまった。
レイノルズ氏が静かな声でジミーに言った。
「ジミー? お前はジェニー叔母さんのところに行って、何か手伝うことがないか訊いたほうが良さそうじゃな」
ジミーの顔が変わった。抗議したいという表情に加え、かすかに必死に懇願する表情も浮かんでいた。
「さあ早く、ジミー」
ジョーナス・レイノルズの声には、間違いなく、権力を持つ者が与える、ピシリと鞭打つような厳しさがこめられていた。
ジミーは立ち上がり、向きを変えた。椅子を後ろに引くとき、大きくキーキー音が響いた。耳たぶを暗い紫色に染めながら、彼は静かな足取りでホールの向こう側へと歩いていった。ジョーナスも、テーブルについていたすべての人も、彼が部屋から出て行くまで、ずっと目で追っていた。
「多分、ジミーはこのパーティに長居するつもりはないじゃろうな。誰でも、一族のために自分ができることをしようとするものじゃ・・・だが、時として、上手くいかないことがある」 ジョーナスは、物思いをするようにそう語った。
彼は再びスティーブに握手を求めて手を差し出した。今度は、スティーブも立ち上がって握手を受けた。身長が180センチ以上はあるので、彼と比べてずっと細身の初老のCEOと並ぶと、大きくそびえ立つように見える。
「君には、たった一人の横柄な青二才だけでレイノルズ一族の全員を判断なさらんように願いたい。バーバラは、わしらのチームには貴重な一員なのじゃよ。・・・ジミーの思慮を欠いた行動のために、彼女を失うことになるのは困る」
そう言ってジョーナスは、まぶたを伏せてバーバラに顔をちらりと向けた。無表情な顔で、心を読み取ることが不可能だった。それから彼は顔を戻し、テーブルについている全員を見回した。
「皆さん・・・わしが皆さんの集いに割り込んできたことをお許し願いたい。どうか、今夜は最後まで楽しんでいってくだされ」 彼は暖かい笑みを浮かべ、仲間に対して行うように、スティーブの肩に手をかけた。そして静かに立ち去っていった。
テーブルでの会話が再開するのに2、3分かかったが、再開後は前より明るく、会話の間に挟まる笑い声も多くなっていった。男性客は、全員、パーティが終わるまでに一度はスティーブのところに来て、彼と握手をした。女性客のうち2人ほど、トイレに行く途中にスティーブの後ろを通りかかったとき、優しく彼の肩を叩いていった。彼の頬に触れ、暖かく微笑んでいった女性もいた。
客たち全員が気づいていたが、一言も口に出さなかったことがあった。それは、バーバラが最後まで口を利かなかったことである。その夜、ジミーは一度も姿を現さなかった。