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報復 第3章 (6) 

何をしてよいか分からない。バーバラは上を見上げた。そこにはビルの顔があった。キュービクルを仕切っているパティションの上から、身長197センチの痩せて骨ばった体を乗り出している。何も言わず、あたりを見回しながら、繰り返しジュンのパソコン画面を覗き込んでいる。彼は、あたりにジュンとバーバラしかいなかったため、仕方なく同情するようなふりをして見せ、ゆっくりと自分の椅子へと体を下げて行った。途中、キュービクルの壁から額と両目だけが出ているところで止まったが、その後、姿を消した。

バーバラは、ハンドバックの中から急いで携帯電話を取り出し、家への短縮ダイヤルを押した。溢れる涙を堪えながら、電話が彼女の家に・・・元の家に・・・つながるまで、すまなそうにジュンを見上げていた。電話の向こう、呼び出す音が鳴っている。

「スティーブ!」 バーバラは小声で言った。「何してるのよ!」 誰にも聞かれないよう、口のところを手で覆いながら囁いた。「何してるの・・・早く取って!」 いらいらした声で言う。 電話は2回呼び出し音がなった後、カチッ、カチッというクリック音が何度か続き、その後、留守番電話に切り替わった。

「はい・・・こちら不倫ホットラインです」 

スティーブの声だった。バーバラは良く知っている。ただ、彼の声には依然とは異なる調子がこもっていた。どこか、よそよそしい。

「もし、ラファエル・ポーターが、バーバラ・カーティスとキスしていたり、抱き合っていたり、愛撫しあっていたり、まさぐりあっていたり、体のどの部分であれ、そこを揉んでいたり、セックスしていたり、あるいは単に一緒にいただけでも構いませんが、そのような現場を目撃したら、どうぞ、このまま電話を切らずにお待ちください。あなたの電話は私たちにとってとても重要なのです。・・・

「・・・ビープ音の後、この不倫を行っている2人をあなたが見かけた、日時、場所、そして、どのようなタイプの不倫行為を行っていたかをお話ください。あなたが提供してくださる情報はすべて完全に匿名を保障されますのでご安心を。情報を提供していただいたからと言って、そちらへ誰かが訪問するといったことは一切ありません。お気遣いとご協力に感謝いたします」

バーバラの耳に、鋭いビープ音が鳴り響いた。彼女は、留守番電話が録音を開始していることは分かっていたが、何も考えることができなかった。言うべきことは何もない。電話を切り、短縮ダイヤルの1番目の番号を押した。ともかく、誰かに話を聞いてもらいたかった。相手の電話が取られてから、声がするまでのたった半秒の間、バーバラは辛抱強く待った。

「お父さん?」

彼女の声は絶望に満ちていた。

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[2007/06/06] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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