スティーブは電話が鳴っているのは知っていたが、無視した。もうすでに、電話は28回かかってきてた。その大半が、何ら情報がない、いたずら電話だった。2本ほど悪意がこもった電話もあった。自分の妻なのに、どうして浮気しに出かけるのを止められなかったんだと彼をなじる電話である。これにはスティーブは悩まされた。このような電話を掛けてくる者たちは、本気で、男たるもの、普通の生活をしつつも、自分の女を24時間、注意し続けるべきだと考えているのだろうか? この種の電話には悩まされたものの、明らかに馬鹿げていると分かる電話であるので、スティーブは即座に無視することにしていた。ついさっきも電話がかかってきた。留守電にしてある。スティーブは、ラップトップのキーボードから指を離し、かかってきた電話の内容に少しだけ耳を傾けた。
電話の相手の声は、柔らかな声だが、疲れが混じった声でもあった。打ちひしがれた感情がこもっていた。まるで、声の持ち主は、崩れ落ちそうになるのを必死に堪えているようだった。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
その女性はしばらく黙り、様子を伺っていた。
「私は・・・あのEメールのことで電話をしてきたのです・・・一体、何が起きているのか、私にはさっぱり・・・」
ほとんど囁きに近い声だった。
「どうか、お願いです・・・どうしても教えて欲しいのです」
スティーブの背筋を冷たいものが駆け、それが何度も繰り返された。突然、電話の向こうの人物が誰なのかを悟り、スティーブは受話器に手を伸ばし、取り上げた。
「ポーター夫人ですか?」 スティーブは静かな口調で尋ねた。
「は、はい・・・。そちらは?」 声がかすれている。
「スティーブ・カーチスです。こ、このような形で、奥さんに、この事実を知らせたことを謝らせてください・・・」
スティーブは、さらに続きを言おうとした。問題のメールを発信した時、スティーブが、ポーター夫人のことを考えていなかったことは、残酷なことだったと言える。だが、スティーブは、この不快な出来事を暴露し、永遠に止めさせること以外、何も考えられなかったのである。
「これって、本当のことなのですか? 2人が一緒にいるところとか・・・そういうのをご覧になったのですか?」
囁くような声で問いただす。スティーブは深呼吸をして、デスクの椅子にもたれた。
「ええ、事実です」 彼はできるだけ温和に聞こえるようにした。「2週間ほど前に開かれた募金のパーティでの写真を持っています・・・それに先週、シティ・ビュー公園で2人が一緒にいるところを見た時のビデオもあります」
「あの公園? でも、あそこでは、夫は、当て逃げの車に車をめちゃくちゃにされた場所のはず」
スティーブは鼻をすすった。
「いいえ、違います・・・私は、逃げたりはしていません。でも、ご主人の新車のサンダーバードに手ひどいことをしたのは私で、それは事実ですが」
ポーター夫人は長い間、黙ったままだった。
「その写真やビデオを見ることはできないでしょうか?」
彼女の声は、前にもまして、か弱い声になっていた。スティーブは、その弱々しい声が好きではなかった。
「奥さん・・・ええ、お見せできますよ。私が持っているものをすべて、お見せできます。Eメールを持ってますでしょうか? 何枚か写真をお送りします」
ポーター夫人はスティーブに仕事用のメール・アドレスを伝えた。彼女は、仕事先の店舗のサーバーに自宅から頻繁にアクセスし、メール・チェックをしている。数秒後、スティーブは、電話の向こうでチャイムのような音がするのが聞こえた。エレーン・ポーターのメールに新しいメッセージが届いたことを知らせる音だった。彼女は受話器を置いたようだ。向こうから、かちゃかちゃとマウスをクリックする音が聞こえた。その後、しばらく、音がしなくなる。後ろの方で、ポーター夫人が静かにすすり泣いているような音が聞こえた。
スティーブは自分が悪役になったように感じた。昨夜、衝動的に、多量にメールを送ったことを思い、そのときの自分の動機は一体何だっただろうと疑った。ポーター夫人が泣く声をしばし聞き続ける。彼女の悲しみは、スティーブの胸にひどく応えた。
「奥さん?・・・ポーターさん?・・・」 もう一度、謝れられたらと願い、スティーブはポーター夫人に呼びかけた。